静岡

伊東市東海館見学

伊豆の伊東に昭和3年に創業し平成13年に廃業した東海館という木造の元旅館がありいまは伊東市が管理していて、週末に見学していました。 望楼部分を除けば木造3階建てで、戦後はながいこと木造3階建てはNGでしたが伊東線が伊東まで開通した昭和13年に増築な…

農兵漬け>わさび漬け

村上さんの小説のなかに出てくる酒のアテに(わさびを酒粕で漬けた)わさび漬けと大根おろしを細かく切ったはんぺんに絡めるものがあって、それを読んだ頃ははんぺんはおでんに入れる程度しか知らなかったので斬新に思えてあとで真似ています。はんぺんつい…

旧日向家熱海別邸見学

昨日熱海にいました。 しょっぱなから話がズレて恐縮なのですが、熱海は山がちで平坦な場所があまりなく、海岸から市街地の方向を眺めると高層の建物が多く、その建物も傾斜地に建てていることが多いのに気が付かされます。おそらくどの部屋からも海の眺めを…

掛川市竹の丸見学

もう少しだけ掛川の話を続けます。 掛川藩の藩政の中心部であった掛川城の御殿は明治維新のあと市役所等になったものの複数あった郭をすべて維持していたわけでは無く、明治期になると竹の丸と呼ばれた郭には葛布を扱った商家松本家が進出し当時の建物がいま…

掛川城見学

静岡に行っていて、その際に掛川に寄っています。掛川には掛川城があってそこを見学しました。 いまある掛川城の城郭は安土桃山時代に掛川に居た山内一豊が整備したもので、丘の上にある天守は幕末の安政の地震で倒壊したあと平成になって(山内一豊が築いた…

浜松市秋野不矩美術館へ

浜松は比較的大きな都市ですが北部の天竜区は(悪く云えばというのは横に置いておくとして)よく云えば緑の多いところです。浜松駅から遠鉄電車と天竜浜名湖線を乗り継いで運が良ければ50分くらいのところに二俣という街があり、日本画を教えるためにインド…

身延線の車窓から

子供の頃、富士山は木花咲夜姫という神様であると教わりました。姫という名のつく通り女性の神様で、しかしながら短気で、同じ甲州の八ヶ岳がおのれより背が高く美しいと気づいたときに嫉妬して棒でぼっこぼこにしてしまい、八ヶ岳は無惨な姿になり結果とし…

初夏の三島楽寿園

三島駅からほど近いところに楽寿園という公園があります。その楽寿園の中にあるのが楽寿館という建物で、明治期に小松宮家の別邸として建てられてそれがいまでもほぼ現存していています。 内部は先行する修学院離宮などを参考にしたと思われる凝った装飾もあ…

三島へ(山中城址見学)

箱根の山は天下の剣という歌がありますがその箱根山の東に位置するのが小田原で、その小田原を戦国時代に本拠地にしていた後北条氏は箱根の山の西側の三島へ抜ける尾根筋に防衛のため山中城という城を築城します。今でも城跡が残存していますが天守は現存し…

中伊豆へ(もしくは駿豆線寄り道の旅)

三島駅からほど近いところに楽寿園という公園があります。その楽寿園の中にあるのが楽寿館という建物です。明治期に小松宮家の別邸として建てられてそれがいまでもほぼ現存していて、存在は知っていたものの行ったことはなかったので楽寿園が中伊豆に行く経…

幕の内弁当における醤油および蒲鉾問題

幕の内弁当というのはだいたい蒲鉾と卵焼き、それに鮭や鯖などが入っています。そうでないと幕の内弁当という名を(認証団体があるわけではないとはおもうものの)名乗れないからです。卵嫌いなので卵焼きはまず最初に食べて弁当内に存在などまったく無かっ…

久能山へゆく

旅に出る朝に寝坊しました。わくわくして眠れないというわけではなく、原因は相互にスマホのアラームを設定してるだろうと予測したことで二人ともまったく設定せず・確認せずにいて、気が付いたら寝坊してました(こういうのを共倒れというのかも)。致命的…

伊豆に水を見に

土日に2日間ほど伊豆へ行ってました。 東海道線の三島と沼津のあいだに柿田川というのがあります。富士山の伏流水が湧いて出てくる場所として有名なところで、目的地へ行く前にまずそこに寄り道しました。 写真は柿田川のほとりのいまは稼働していない紡織工…

富士山麓蒸溜所

お酒はお好きですか?といわれると'`ィ(´∀`と元気よく答える程度には好きであったりします。ウイスキ―を呑んでも重たく人生を語ったりはしません。どちらかというと陽気になるほうです(ただし饒舌になり説明がいくらか細かくなる)。最初は18くらいのころか…

静岡新聞の紙面から(静岡茶の販路のこと)

静岡には静岡新聞ってのがあります。おそらく他所の地域に無いものとして静岡県は茶の生産が盛んですから茶況欄があります。もちろん茶の価格が暴落するとそれが一面に掲載されたりします。仕事でもそうでなくても東京以外のところへ行くと必ずその地方紙を…