いつもと違う秋

おそらくどこも同じかと思うのですが、通勤に使うJRはよほどのことが無い限り窓を5センチくらい開けています。丁寧にここまで開けてくださいという目安のシールが以前から窓枠に貼ってあるのですが、今朝乗った車両ははそれ以上開いてました。先週に比べて今朝は寒かったのですが、やはり誰も目安のシールまで戻そうとはしません。ここ数日の感染者数を眺めてれば「仕方ないか」と諦めはつくものの、入りこむ・顔に触れる早朝の晩秋の空気はやはり寒くて、おそらく来春までこんな感じでしょうから風邪ひかぬように注意するつもりです。

退勤時、ラッキーなことに途中駅から座れたのですが窓開けのための室温低下を避けるためか気を利かせてるのか座席下の暖房をガンガンに入れてて、頭寒足熱はよいことかもしれぬものの3駅くらい経つとふくらはぎの部分だけがかなり熱くなってきちまい、かといって混雑した車内ですから足を投げ出すわけにも足を組むわけにもいかず、降りる駅まで少し耐えてました。これも来春までこんな感じかもしれません。

慣れるまでちょっと時間がかかりそうですが、なんだろ、ほんとにいつもと違う秋だなあ、と肌で感じてます。

トトロの森へ行く

週末にやっていた「カリオストロの城」をちゃんと視聴したのは一回こっきりですがけっこうしっかり覚えています。「となりのトトロ」も視聴したことは少なくとも一回あるはずですがどんな話かは既に記憶がありません。私の脳内はエンタテイメントが好きなのかもですが…ってそれはともかく、子供が居ればもう一度視ることもあったかもしれませんがそういう人生には足を踏み入れなかったのでいまトトロと云われて記憶として残ってるのは何か居そうな薄暗いどこか懐かしい林の描写です。似たような林は私の子供の頃はけっこうあったのですが宅地化されてかなり少なくなってます。カリオストロをちらっとみた翌日、トトロの舞台とされる所沢にトトロの森とよばれるところがあるとは以前から知ってはいて、遠出する予定を消して時間を持て余していたのと天気も良かったので(カリオストロとトトロは同じ人物が関与していた以外ちっとも関連性がありませんがなんとなくのノリで)所沢へ行っていました。

関東平野といっても所沢のあたりは丘陵地帯で、傾斜のあるところはまだ緑が残っています、というか、残しています、が正解かも。

緑を残している丘陵の中にいっぺん入ってしまうと常緑樹がけっこうあるせいもあって、いくらか薄暗くなります。

コナラかクヌギか、ともかく落葉樹もけっこうあって、奥に湧水があるっぽくて曲がりくねった水路がちょろちょろと流れてるのですがそれがわからないくらいに落葉が堆積していました。

写真はうっすらと暗いトトロの森一号地周辺で、スギなどの針葉常緑樹が植わってます。スギは水分が多くないとNGなので、このあたりが水分豊富なことの証明でもあります。もちろん原生林ではありませんから大木はひとつもありません。スギは少なくとも意図的に植えたはずです。スギ花粉の時期に来なくてよかった、という意見で一致してます。

スギの下にはやはり湿気を好むシダ類が生えてます。なんかこう、笑えるくらい植生の教科書みたいな場所です。

暗くても生えてきてしまう竹もあってダイジョウブなの?と思いつつ歩いていたら(乾燥しやすい)尾根筋では今年になって(おそらく以前植わっていたであろう水分がスギほど必要としない)コナラやアカマツを植えた旨の掲示があったので管理は計画的になされてるのかも。コナラもアカマツ薪炭材料で、所沢近辺も薪炭の供給地であったのだろうな、と。なお所沢のトトロの森を含めた狭山丘陵のけっこうな数の林を複数の公益財団法人が管理しています。

よい天気なのですが森の中というか林の中ではほんのり薄暗いです。暗いというのがそれほど怖くないのが不思議で、それが私が人として暗い性格…じゃねえ、武蔵野の雑木林の中で育ってきて当たり前だったからかもしれないです。トトロがあまり印象に残らなかったのもそこらへんに起因するのかも、って私の内心の分析なぞどうでもよいのですが。

林が途切れた丘陵の尾根筋には茶畑もありました。お茶の木も水分をあまり必要としませんから不思議ではないのですが、あるとは予想してなかったのでちょっとびっくり。もっとも「味は狭山でとどめ刺す」っていって所沢を含む狭山丘陵は狭山茶の産地でもあるので茶畑があってもちっともおかしくはありません。

トトロの森1号地からそれほど遠くない場所には人造湖である狭山湖があります。林の中と違って開放的な場所です。丘陵ですから坂道もあって軽い散策というよりちょっとハードな散策になってしまったので狭山湖畔で小休止してました。トトロの森も狭山湖もコロナ禍じゃなかったらたぶん来なかった場所ですが、来てよかったな、と思える場所でした。

狭山湖畔は別として人は少なめです。なお、22日の段階で埼玉県南部はかなり色づいてました。現場からは以上です。

沢田の味手作りリンゴジャム

朝はパンを食べてます。ここ1年くらいはリンゴのジャムを塗ってて、でも特に強いこだわりはありません。第一波の頃に群馬のリンゴジャムを買っていてそれが朝の楽しみのひとつになってた時期があって

同じものを見つけたので購入しています。しばらく楽しませてもらう予定です。

なんだか東京の情勢は数字を追う限り日々悪化してて気軽に他県に出かけるのは再びままならぬようにおそらくなるはずで、地方経済のことも多少は理解してるつもりでいて、しばらく地方の産品をなるべく買うつもりです。

マスクの有無と声の音量のこと

ドラッグストアで立川志の輔師匠の声が流れてて、ああもしかして龍角散かな?と思って聞いてると、マスクをしてて相手に聞こえないと思っているからみんな大声を出す、なので喉を大切に、っていう趣旨の注意を含めた龍角散のCMでした。たしかに熱は無くても喉がいくらか痛い日があって、マスク着用時に普通の音量ではくぐもって聞こえることがないわけではないので私も若干声の音量を上げてるフシがあって、ああなるほど、と腑に落ちてます。(新聞の受け売りっぽいのですが)同僚いわく、母音をしっかり発音すればマスク越しでも聴き取りやすいらしいのですが、ほんとのところはわかりません。

意図的に大声を出せない環境下はどうなるか。わたしが使うJR線内では先日マスクを外して制服姿の学生たちがしゃべっていました。自粛警察になりたくはないんだけどなーと思いつつ、私を含めた複数人が目配せするとさすがにヤングメンたちはマスク元に戻してます。

いつものように話は横に素っ飛びます。

ここから先は人力詮索っぽい推測なのですが、移動中などに大声を出すのが憚られる状況下においてや、(東京は間の悪いことに雨も降らず)秋の乾燥した空気が続いててマスク越しに大声でしゃべるとのどが痛くなって来て、マスクを外してしゃべってしまった人たちがけっこういたのではないか、もしかして東京の感染者増は(経路不明がわりとあるようなので)それが関係してるのでは?もらい事故みたいなカタチで感染してしまった人がけっこういるのでは?とか思っています。もちろんほんとのところはわかりません。ほんとのところがわからないので、マスク着用も手洗い励行も続けます。

くだらないことを書きます。

JRの車内で親子連れがいて、グズるのを防止するためかなぞなぞをやっていました。マスクをしてるので声の音量はけっこうでかいのですが事情が事情なのと、マスクをしてたので誰も咎めてません。そのなかで「冷蔵庫にいる怒っている生き物はなに?」という問題があって元気よく「金目鯛!」と答えてて、ああたしかに金目鯛は目がでかくて赤くて怒ってそうだよなあ、と腑に落ちています。でも違うっぽい。え?ちがうの?と戸惑ってるうちに・正解を聞く前に乗換駅になってしまい、(イカの可能性が高いとおもってるのだけど)ほんとの答えを知りません。なんなのだろう。

マスク着用時の声の出し方や感染者数増加の真の原因もそうなのですが、ほんとのところがわからないとちょっと落ち着かないことってないっすかね。ないかもですが。

非合理な食生活の国(西友のこと)

歩いて行ける範囲に西友があります。ウォルマート傘下になって肉や冷凍食品やワインは別として確実に迷走してる時期がありました。たとえば魚です。以前は店内で魚の加工をしててそれがガラス越しに見えたのですがそれをいったん止めどこでさばいたのかわからぬ切り身ものばかりが並ぶようになり、なぜか切り身ばかりを止めて再度店内加工場が復活しています。またカカクヤスク略してKYをスローガンとして掲げたと思えば途中で「ど生鮮」を売りにしたり、なんだか方向が定まってない印象がありました。迷走するたびにどんどん店内が殺伐としていって、以前は利用していたのですけどここのところ足を踏み入れなくなってます。

私の観察日記は横に置いておくとして親会社のウォルマート西友の株の大半を手放す報道がありました。何年か前にも似たような報道があったので、驚きはしませんが、想起したのは以前読んだ本における、日本人の食生活に対しての指摘です。

辻井喬:日本のスーパーの食品売り場では生鮮食品が半分を占めていて驚くほど高額です。これはアメリカの小売業者もヨーロッパの小売業者も理解できないことなんですね。それでも日本の消費者はわざわざ高い生鮮食品を好む。私はこれを、昔はシアーズ・ローバックに、それからいまのウォルマートに何度も云いましたがなかなか理解してもらえない
上野千鶴子:ああ、なるほど。
辻井喬:日本の食生活における生鮮食品の比率は、アメリカ人もヨーロッパ人も理解できないんです。そのうえ生物ですから、主婦が調理加工しなければならない。彼らは「そんな手間がかかる高いものを、どうして日本の消費者は食べるんだ」と聞く。「どうしてっていったって、日本はそういう食生活なんだよ」といっても「それは合理的でない」と主張する
「ポスト消費社会の行方」(辻井喬上野千鶴子・文春新書2008・P243)

欧州にも米国にも行ったことが無いので欧州や米国の食生活がわからないのですが、価格の安さより鮮度を重視する日本人の行動や、(私がそうなのですが多少高くてもサンマなどの旬の魚や下処理の必要なヤツガシラやウドなどの旬の地場野菜を買ったり)手間ひまかけて季節性を好む日本人の感覚はウォルマートから来たスタッフにはやはり理解できなかったのかなあ、と想像します。そこらへん齟齬があったので、肉やワインや冷凍食品売り場は充実したけど売り上げが振るわなかった・錦糸町や春日井など閉店する店舗が増えた今日のような事態を招いたのではないか。

ウォルマートは引き続きいくらか株を持ちほかに米国の投資ファンド楽天が経営に関与するようなのですが、願わくば合理的でない日本人の食生活を理解した人が経営を采配して欲しかったり。無理かなあ。

井の頭池紅葉観察

いま住んでいる街のドラッグストアは新聞の折り込みに広告に期間は限ってるけど月2回程度は15%引きのクーポンを挟むほか、そのドラッグストアを使うとこちらが要らないと云わない限り黙って15%引きのクーポンを添えて来ます。それを有効に使わせてもらって洗剤を買った他にいまのところ(花粉症なので使わなかったら花粉症シーズンに持ち越す予定で)使い捨てマスクは30枚入り2箱、ポリウレタンの未使用のマスク3枚入り1パックをちまちまと備蓄し、昨日、ポリウレタンのスタイリッシュなマスク1枚を手土産としてもらったので64枚ほど未使用のマスクがあります。非リモート勢なのでもちろん手指消毒用アルコールハンドジェルであるとかハンドソープも買ってあって、いま東京は第三波に入ったのかそうでないのかいまいちよくわからないけど、念のための用意だけはしてます。手持ちの複数の洗えるマスクを含めてこれで二か月半くらいなんとかなるかなあ、とは思ってます。もっとも第三波が二か月半で済むとは限らないのですが。

今日の午後は吉祥寺のヨドバシカメラへ行ってました。以前のように大型店が閉まることはないだろうと思いつつ念のための行動だったのですが、けっこう盛況で、過去の経験に照らし合わせて似たようなことみんな想起するのかなと一瞬考えたのですが、そんなことはないかな。

行きがけの駄賃として(同じ吉祥寺にある)井の頭公園にも行ってます。メタセコイアなどが色づいてて、もっとも木そのものよりも

私の腕では巧く切り取れないのですが、水面に映る姿にしばらく見惚れてました。良いもの見たというかなんというか。

まだいくらかはやい紅葉を眺めつつビール片手にマスク外して何人かで談笑してる人たちもいて、それを距離を置きながら横眼で眺めて「ビールを調達すればよかったかな」と、そのときは薄い後悔がありました。しかしあとになって若干変に気になってて、屋内の会食より屋外の会食のほうが良いとはいうものの、屋外でも近距離だったらリスク高そうな気がしてならなかったり。実のところは判りません。おのれの中に他人の行動に口出し・論評しそうになる自粛警察っぽさがあることにちょっと気がつきました。って、てめえのことはともかく。

天候が良かったので散策する人はけっこう多めでした。見ごろはもうちょっとあとのはず。吉祥寺の現場からは以上です。

かぼちゃもほうとうもよくわかっていない奴が語る「うまいもんだよかぼちゃのほうとう」

いっぺん料理教室のようなもので勉強したいと思ってるのだけど果たせずにいて、いまいちよくわかっていない野菜がけっこうあります。筆頭格はかぼちゃです。薄く切って電子レンジで加熱して、それをバターを溶かしニンニクをいれたフライパンでさらに炒める程度のガーリックソテーとか、さらに手抜きして薄切りかぼちゃにごま油を足してレンジで加熱したあと塩昆布とツナ缶と和えたりとか、その程度です。かぼちゃ産地出身ならかぼちゃに詳しくなれたかもしれませんが残念ながら東京は産地ではありません。

東京の隣に山梨県があります。山梨には「ほうとう」というのがあります。味噌ベースの鍋で、うどんと異なるこしの無い麺を野菜などとともに味噌ベースで煮る鍋です。(うまくいったときにも使うダジャレでもあるのですが)「うまいもんだよ、かぼちゃのほうとう」といい山梨はかぼちゃの産地ではないものの冬にはかぼちゃをよく入れます。死んだ父は山梨に年に何度か行っていてわたしが小学生の頃に土産にほうとうのキットを買ってきて、一度だけ冬のかぼちゃのほうとうを食べたことがあります。味噌が信州味噌ではないことは鮮明に覚えてて、残念ながら家族でたべたのはその一度きりです。おそらく死んだ両親の舌には合わなかったのかもしれません。私も子供ごころに「信玄餅の方が良かったな」とは思いましたが口にはしていません。

紅顔の美少年(左記若干の誇張あり)がくたびれたおっさん(左記まったく誇張なし)になって山梨へ行くようになっても三十年以上前にいちどしか食べてない料理なのでどういうものかわかってないので、信玄餅は買ってもほうとうのキットにはなかなか手が出ませんでした。しかしなんのきなしに「うまいもんだよ、かぼちゃのほうとう」のことを口にしたら好奇心が疼いたのか一度食べてみたいと云われて、山梨へ行ったときに信玄餅のほかにキットを購入し、そのあと作っています。かぼちゃのほかダイコンやシイタケ、シメジなどを入れてて、旨かったしほぼ完食はしました。でも考えてみたらその一回こっきりです。もう一度食べたいとも云われてません。そのあと山梨に出かけてるのですが私もキットをもう一度買おうとはしなかったです。

話はいつものように横に素っ飛びます。

ある夜、テレビをチラ見しながら雑事を片付けていたら風邪をひいたっぽい親友とその家族にほうとうを作ってる山梨の女の子が出ていました。はじめて作るのでキットのレシピ通りらしいのですが(以前わたしが作ったのより特に見た目が)旨そうで、たいそう好評で親友の家族からレシピすら訊かれています。

それをみてふと手を止めて、おっかしいな、おれもレシピ通り作ったんだけどな、と思わずつぶやいたものの、何かが違うのかも。可能性としては私はかぼちゃがよくわかってないので火の通りを不安視してかぼちゃをすこし薄く小さくしすぎたか煮込みすぎたのかも(つまり溶けないようにほどほどに煮るのがポイントかも)、とニラんでいますが、もしくは味噌かそれ以外か。かすかながら火がついたので山梨へ行く機会があったらもう一度リベンジのためにキットを買って挑戦するつもりです。

はてな今週のお題が「鍋」なのですが、ほうとうひとつとってみても探求しようと思えば課題が浮かび上がる鍋って、簡単そうに見えてなんだか(物理的意味ではなく)奥が深いです(異論は認める)。