熱海起雲閣見学

熱海は温泉が出るほか、地図をご覧いただくと判りますが北西に箱根山から南に伸びる丹那山地があり、冬場の北西からの風が関東ほど強くはなく、ゆえに避寒地として適当な地です。その熱海に起雲閣という別荘から旅館を経て市の施設となった建物があり、週末にそこを見学しました。

熱海という文字をみると海の字が入っていますが起雲閣からはいまは海を眺めることができません。代わりに庭があり、その庭を口の字状に囲むように建物が建っています。さきほど別荘から旅館と書きましたが山側に最初に内田信也という船成金の実業家が大正時代に和風建築を建てていて、その部屋のひとつは麒麟の名で現存しているのですが、戦後に旅館になった時代に内装が変えられ

青漆喰が印象的な部屋になっています。旅館に転業したときの所有者が石川県出身で、加賀前田家の殿様が建てた金沢の成巽閣と同じ色使いをした、という説明で、施主の意図はわかるのですが雪が降る鈍色の空の下の加賀ならまだしもここは滅多に雪の降らない伊豆で、この青とも群青ともつかぬ部屋が落ち着くか?というと、どうなんだろう?感が無いわけではありません。ただ利点がひとつだけあって、どうもこの青とも群青ともつかぬ壁は色褪せしないらしく、メンテナンスフリーの観点からは正解なのかもしれません。

その青もしくは群青の内装以外は内田家の時代の建物は至極まともというかなんというか。ガラス戸のある縁側もあって、どこか落ち着いた雰囲気がありました。

内田家から(東武鉄道を率いた)根津家へ持ち主が変わった昭和の戦前の段階で北側に洋館が建てられていて

窓の外に見える建物が群青の麒麟のある建物で、窓の内側は根津家が建てた玉姫と名付けられている洋間に付属するサンルームです。床はタイル敷きであるほか

このサンルーム、天井は磨りガラスにステンドグラスで陽が差し込むように工夫されていて

欄間にあたる飾り窓とステンドグラスの間には唐草模様の石膏細工が施されてて洋風に振り切ってあります。見てると細かい仕事に「おお…」となり芸術作品を眺めてる感覚になるものの、麒麟同様落ち着くかというと疑問符がないわけでもなかったり。

サンルームに接続するように玉蹊と名付けられた洋間があり、暖炉もあります。洋間と書きましたが

床は矢羽根状に材を貼ってあるほか

目につく柱などの材には(手斧で表面を削るいわゆる)ちょうながけをしてあって、それがアクセントになっていて基本は洋間ではあるものの確実に伝統的な建築技法が散らかしてあります。

これらが施主である根津さんの意図なのか施工した棟梁の意地なのか遊び心かどうなのかわからないのですが、個人的には先ほどの麒麟や玉姫の洋風に振り切ったサンルームより確実に落ち着けるような気がしてならず、ああおのれの無意識の好みはカジュアルな和洋折衷なのだな、と気が付いた次第。持主ではないのに好みを書いても意味はないのですが。ほかにも

金剛と名付けられた洋間があり、洋間にもかかわらずやはりここにもちょうながけの痕跡がありました。材を加工せずそのまま、というのは許せなかったのか。ちょっと謎です。謎ついでに書いておくと、

根津時代の痕跡の一つにローマ風風呂があって、咄嗟にはどこらへんがローマ風なのかはわからず。浴槽が真ん中に2つあるのですが、浴槽が真ん中にあるのは道後温泉も同じで

出窓が和風ではないからか?とか、タイル張りであるからか?とか、謎は尽きません。いまとなっては施主や設計者の意図が読めない部分があるわけで、そこらへんが工業製品でない建築の素敵で不思議なところではあるのですが。

もっとも戦後に増築した旅館時代の近代的な大浴場の痕跡と比較するとローマ風と云えばローマかな?感が無いわけでもないのですが、ちょっと謎です。

そしておそらく戦後に建て増したと思われる部分は完全に近代的な和風旅館の内装で、もちろんそれらは一部竹を使ったり網代天井であったりけっして安普請ではないもののどこにでもあるようなありきたりなもので施主の意図はぼんやりとしていて

ので、同じ建物内で廊下を含め、麒麟のように施主や施工者の意図が確実に見える部分とぼんやりとした部分とではっきりとした差異があって、その差異が興味深かったです。

中庭は散策ができます。内田時代の建物(左)と根津時代の建物(右)で、施主が違うので、起雲閣は外観も統一性はありません。繰り返しますが時代ごとに増築を重ねてるので館内もにまとまりがありません。まとまりがありませんが、結果として見応えのある建物になっている気が。けっこうな時間泥棒な建物でした。

最後にくだらない万人受けしないことをちょっとだけ。おそらく戦後に増築したと思われる尾崎紅葉にちなんだ紅葉の間という部屋があってそこはシャレなのか壁が紅色でどこか安っぽく、思わず「なんだかラブホみたい…」と口走ってしまっています。「こんな色の部屋泊ったことあったっけ?」というツッコミに「あ、いや、イメージだよイメージ」と流したのですが、建物内の色彩ってあんがい大事だよなあ、と。群青の麒麟の部屋のときも初見は似た感想をもってでも黙っていたものの紅葉の間でそれが決壊したのですが、赤とか青とかの簡単な単色だと受ける印象がほんと変わるというか安っぽくなるというかラブホっぽく感じませんかね。経験からくるだけかもしれなくて、そんなことないかもですが。