性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律における生殖機能除去要件についての最高裁の判断

これからめんどくさいことを書きます。長くなりますがお付き合いください。

【条文について】

性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」というのがあります。「性同一性障害者」の場合は一定の条件を満たして家裁に家事審判を申し立て、家裁が許可をした場合に戸籍の性別を変更することが可能です。以下、条文をご覧ください

第三条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。

一 十八歳以上であること。

二 現に婚姻をしていないこと。

三 現に未成年の子がいないこと。

四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。

五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

四を読むと生殖機能の除去を前提としていることがわかると思います。性別変更をした当事者が子を産む事態を避けるための趣旨といわれていて、いまのところは性別変更後に女性であった人が戸籍上男になったあとに母になる事態は原則として有り得ません。念のため書いておくと元女性の男性が女性と結婚し、第三者からの精子提供を受けて子を得ることに法律上の制限はありません。ただ、女性に性別変更した元男性が女性でなかった頃に冷凍保存した精子を用いて性別変更後にパートナーとの間に子を授かった場合そのこと自体は制限がないものの、その父子関係に争いが無いわけではありません。

【2019年の最高裁の判断について】

話を元に戻すと条文では手術しろとは明示していませんが現状では基本的に「性別変更に関しての審判のためには手術をすること=生殖機能を除却する手術等が必要」です。しかし法律の適用のために一定の手術を強制的に課すことになるので

十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

という条文を持つ憲法13条に反するのではないか?という訴訟がいままで無かったわけではありません。以前にも実際に最高裁に係属していて、生殖腺機能の除却等は平成31年時点では憲法13条等には違反せず、合憲であるというという判断が裁判官4人の全員の一致でなされています(最判H31・1・23・判タ1643号74頁)。

もっともこのときの最高裁の判決要旨等を読む限り、性別変更後に性別変更前の生殖機能で子供が生まれれば親子関係で社会に混乱が生じると指摘しつつも(つまりどちらかというと男性が子を産む事態は暗に避けたいとしつつも)、条文にある生殖機能除却の規定は身体への侵襲をうけない自由を制約する面もあることは否定できず、さらに生殖機能除却に関しての趣旨は社会の混乱を避け急激な変化を避けるための配慮ではあるものの、その配慮は社会の変化に伴い変わりえるものとして「合憲かどうかは継続的な検討が必要」とも述べてます。加えて裁判官2名の補足意見のなかで違憲とはいえないが「憲法違反の疑いが生じていることは否定できない」とも指摘していました。また「手術を受けるか否かは自由な意思にゆだねられるべき」という判事の意見もあって、個人的なことを書くことをお許し願いたいのですが外科的ながんの手術などでも患者の意思を尊重している昨今の事情を踏まえてのその文章に正直はっとさせられています。

【今回の最高裁の判断について】

岡山県在住の戸籍上は男性で日常生活は女性として過ごしている申立人が手術なしでの性別変更を申し立ててる審判があり、岡山家裁および広島高裁岡山支部は変更を認めえなかったので最高裁第1小法廷にいったん係属したあと22年に裁判官15人全員が参加する大法廷への回付を決めています。ふたたび条文を抜き出すと

四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。

五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

についてで、申立人側はこの条文が違憲で無効であるという主張をしてました。

さて26日付毎日の記事を読む限り、最高裁

憲法に適合するかどうかの審査にあたって制約される自由の内容や性質を比較して考えるべきとしたうえで

・生殖機能除去について当事者に対し手術を受けるか性別変更を断念するかの残酷な二者択一を迫ってると指摘し

・社会で性同一性障害への理解が広まってることを考慮すれば社会の混乱防止を趣旨とした生殖機能除去の要件の必要性は低減し(それを維持する)合理性を欠いてる状態になっているとし

・(最高裁が13条で明文でこの判断をするのはおそらくはじめてではないかと思うのですが)憲法13条は身体への侵襲を受けない自由を保障しており

・生殖機能除去の要件は過剰な制約で違憲であり無効

という判断をしています。今後は四の生殖機能除去の手術はなしでも性別変更の手続きが進むものと思われます。

五の外観に関する要件は審理が不足しているとして憲法判断を示さず高裁に差戻しとしています。もっともこれについては3人の判事が外観要件も手術を事実上強いているので「13条に反している」との反対意見を述べています。身体への侵襲を受けない自由を考えるとき3名の反対意見がスジが通っているのですが、一方で男とはなにか女とはなにかそれは外見で判断すべきものなのかどうかという答えの無さそうな難問と間接的につながっているので簡単に答えを出しにくいはずで、いましばらく審理を尽くすべきというのも理解できなくもないです。ただつられて申立人の性別変更を認めるか否かも先送りになってしまっていてその点は難しいところであったり。

なおいくらかナイーブな話をすると女性から男性へと変更する治療を受ける場合に男性ホルモンを投与すると器官の一部が肥大化する傾向があり、この場合は五の外観要件の手術が不要となる場合があります。ので、女性から男性への変更は今回の違憲判決で比較的容易になると思われます。

【個人的雑感】

違憲立法審査権というのがあって裁判所には法令が違憲かどうかというのを判断する権限がありますが、個人として尊重されることを明示した憲法13条に関連する最高裁の判断は今回がはじめてのはずです。また今回の件は社会の利益よりたとえ少数派であっても個人が蒙る不合理の是正重視を優先する姿勢を裁判所が改めて明示したといえ、そのことがいくらか心強かったりします。

特例法の見直しが俎上にあがるはずで、事態を注視したいと思います。