性同一性障害の当事者に対し施設管理者が事務所内の設備に利用制限を設定し改善を求めた訴訟についての雑感

いつものようにめんどくさい話を書きます。

性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」というのがあります。いわゆる「性同一性障害者」の場合、戸籍を変更することが出来ることをさだめているものの第3条に条件があり、二十歳以上であることや現に婚姻をしていないことのほか、現に未成年の子がいないことや生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること、などが必要です。条件に合致してる場合は家庭裁判所で家事審判を申し立てして家裁が許可をだし、戸籍の変更を行います。条文が性別変更に生殖機能の除去等を前提としているのは法制定時に戸籍上男である人が生物学上の母になる・戸籍上女性である人が生物学上の父になる事態がないように考慮してるのではないか、つまり親子関係の混乱回避なのではないか、と云われています。女性から男性への戸籍上の変更で生殖機能の除去を前提としないで家裁が許可したケースはゼロではありません。でも極めて稀です。性同一性障害であったとしてもすべての人が容易に戸籍変更できるわけではありません。生殖腺の機能を欠く状態への移行に医療上困難な場合もあり得て、その場合は基本的に戸籍上はもとのままです。

さて、性同一性障害ではあるものの戸籍上は男性である職員が女性として職務に就きつつも施設管理権を持つ役所が当該職員に対して(すべて利用不可ではないものの一部フロアの)女性トイレの利用制限を課し当該職員が処遇改善を求めて訴訟を提起し、それが最高裁まで係属していました。

話がいつものように横に素っ飛んで恐縮なのですが、事務所事業所などのトイレは事務所衛生安全規則というのに縛られます。2021年の改正まで事務所衛生安全規則には男女区別のない独立個室型トイレの概念が無く、トイレは男性用女性用に区別することとされ、役所も原則それに縛られるゆえに男女別のものしかなかったと思われます。その上で、戸籍上性が違う人がトイレに入ってきたら皮膚感覚では抵抗はゼロではないのが容易に想像でき、ゆえに建物の設備管理権を持つ側が戸籍上男性であるという点を含めトラブル回避を目的に当該職員に適切な職場環境維持の一環として女性トイレの一部利用制限を課すことに関して正直に告白すると理解できなくもないと思いつつ、それだと少数者にしわ寄せをすべて押し付けてるのと同じであって決して妥当とはいえず、「え?どう判断するの?」という点でずっと追っていたのですが…って個人的なことはともかく。

第一審では「自認する性に即した生活を送ることは重要な法的利益で制約は正当化できない」として施設管理権を持つ役所が課した制限は違法と判断しました。二審では「自認する性に基づき生活することは保護された利益」としつつも「処遇は全職員にとって適切な職場環境を構築する責任を果たすための対応」とし「著しく不合理とはいえない」としてひっくり返り、施設管理権を持つ役所が課した制限は適法と判断されています。しかし11日付で最高裁は二審を破棄したので第一審が確定し、施設管理権を持つ官庁が課した制限は違法ということになります。

職場内のトイレについて設備管理者が設定した利用制限を争ったものであって、今回の判断が一般的なトイレなどに波及するとは考えにくかったりします。

そして第一審が指摘し、そして最高裁では補足意見ではあるもの、おそらくデカいのは自認する性に即した生活を送ることは重要な法的利益であると触れられてる点で、家族法に関して言えば最高裁に限らず裁判所はどちらかというと少数当事者の意思を重視する傾向があったのですが、今回も重視している感があります。

匿名を奇貨として労働環境にも関係してくる話なので一労働者としてあえて書くのですが、「適切な職場環境の構築<個人の法的利益」というのは判決などを読むと理屈としてはわかるもののすこしだけ意外感があったことを告白します。

ところで事務所衛生安全規則が変わったのが2021年と先ほど書きましたがその際に男女別と異なる男女区別のない独立個室型トイレについて盛り込まれたのはおそらくこの訴訟の提起が関係したのではあるまいか、と推測しています。時代が適切な方向へ動いてるのではないか、と信じたいところであったり。