解決してない何度も遭遇する最大のピンチ

よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、なぜそうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う。

『赤めだか』(立川談春・扶桑社文庫・2015・P123)

以前読んだことのある本の嫉妬に関する一節です。若き日の立川談春師が談志師匠から云われたことばで、妙に印象に残っています。嫉妬と関係ないことでもこの通りにすればなんとかなることが多いです。

ずいぶん前に顛末を書いたことがあるのですけど、これはピンチだと思えるほどのみぞおちにヤバ目の痛みがあったとき何か原因があるに違いないと考えて消化器科へ行き、十二指腸潰瘍という診断を受けて薬を貰っています。だいたいピンチと思えそうなことは

現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ

という段階を経るうちにピンチではなくなります。十二指腸潰瘍のときは食べ物の制限があって動揺があったのですが、消化に良くないものはNGと知ると(つまり認識して把握したら)、消化に良い鶏などのちゃんこ鍋を冬なのを奇貨として作ったりしてやり過ごしていました(つまり処理していました)。

ただしそれらは処理するのが可能な場合に限ります。容易にできぬときは若干ピンチになります。食べ物の制限はあっても禁欲とは云われておらず、しかし、どことは書けぬもののそこが肝心な時に以前と同じ反応を示さない(よいこのみんなはわかんなくていい)事態に陥っています。投薬前はいちどたりとてそんなことありませんでしたから薬を止めることを考えたのですが、それをやったら治癒が遅くなります。認識して把握してもすぐ処理できぬことがあるわけで。でも処理したいと考えて、担当は異性の先生だったので覚悟を決めて赤面しつつ相談し、薬を別のものにスイッチしています。

さて、処理ができぬ以上に厄介なのは状況を認識し把握できないときです。

視力が良くなくてもう子供のころから三十数年ハードのコンタクトレンズを装着しています。人としての性根が変だといわれるよりマシなのですが眼球のサイズがどうも変らしくあうものが無く、なのでなるべく近いものを作っています。一枚2万円以上して、しかしそれでも若干無理があるっぽくてコンタクトレンズを落としてしまうことがあります。そのたびに突然クリアな世界を失いその上でどこにあるかわからぬ一枚2万のレンズをその場で探すことにならざるを得ず、つまり、認識も把握もできないまま手探りで探すという処理をせざるを得ず、一か八かの賭けに近くて、そのときが最大のピンチです。今週のお題「人生最大のピンチ」に関連して編集画面に「人生ピンチの連続ですよね」って書いてあったのですが三十数年連続で最大のピンチを経験してて、この点は首を縦に振らざるを得ません。

以下、くだらないことを。

今冬の第六波の頃にその着せ替え人形は恋をするというアニメを視聴していて、喜多川さんという赤いカラコンをつけてる登場人物が居ました。喜多川さんを眺めてて赤いカラコンなら見つけやすいんじゃね?と気が付き、検索すると度アリのものも有るっぽいことがわかりました。ピンチの連続があって現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだから、今度失くしたときは相談しようかなとまでは考えたのですが。でも、赤いカラコンつけたら赤い瞳のおっさんになってしまうわけで。それじゃダメじゃん