『その着せ替え人形は恋をする』12巻を読んで(もしくは脳内にあるものを言語化することの難しさについて)

去年の第六波の頃に『その着せ替え人形は恋をする』というアニメを視聴し、その後順調に(…順調に?)原作にも手を出しています。着せ恋はコスプレがしたい喜多川さんと裁縫が出来る五条くんが試行錯誤する物語で、アニメは5巻までに相当し12巻は当然ながらその後の物語です。

いつものように幾ばくかのネタバレをお許しください。11巻86話で喜多川さんが「ひとめ惚れした」「本気で好き」と述べたマンガのキャラクターの衣装を作りはじめた五条くんの苦闘が12巻のメインです。五条くんの脳内には衣装作りに適した布地のイメージがあるのですが(91話)その名前も色もわからず言語化できず、布地を扱う店でもそれが見当たらず苦悩します(89話)。みかねて喜多川さんもツテを使って布地屋を聞き出し布地屋巡りをして五条くんにスマホで写メって確認するのですが五条くんの納得するものはありません。五条くんの脳内にある色はいわゆる「黒」なのですが、それはおそらく漆のような漆黒の呂色でもなくカラスの羽のような艶のある濡羽色でもなくそもそも喜多川さんの言葉を借りれば「キレー過ぎる」黒は五条くんのおよびではなく、時間だけが無為に流れ五条くんは焦り足掻きます。五条くんがどうしたかは本書のキモだとおもうのでぜひお読みいただくとして、五条くんが選択したキレー過ぎない布地のものはとても腑に落ちるもので、唸らされています。おそらくその布地の黒にあう適切な言葉はないかもしれず、脳内にあるものを説明しようとして説明できない五条くんの苦悩がちょっとだけわかった気が。

もう幾ばくかのネタバレをお許しください。12巻では五条くんは完全にものづくりに目覚めてしまってそれ以外に気がまわらなくなります。喜多川さんからすれば「既にいいじゃん!!」というものでも五条くんは納得せず改良に没頭しようとし、喜多川さんはそれがほのかに不満でつい五条くんのおじいちゃんに愚痴ってしまいます(94話)。五条くんのおじいちゃんは同意しつつも物を作る人間のさがというか「頭の中の理想の完成品を作れるか」といったら「それが難しいこと」や五条くんが自らの手で作りだしたものに「この先も生涯納得することはない」であろうことなどをそれとなく伝えます。それを聞いた喜多川さんはどう答えたかを含め詳細は是非本作をお読みいただきたいのですが、その五条くんのおじいちゃんと喜多川さんの一連のやりとりが12巻のハイライトかも。

以下、くだらないようでおそらくくだらなくないことを一つ。

いままでも喜多川さんにとってコスプレは好きという意思表示であること(アニメ1話)、ジュジュ様のコスプレはなれなかった姿になるための自己実現であること(アニメ8話)、女装する男であるあまねさんは自信をつけることであること(6巻)、自称「ダメダメな」大人たちは「イヤなことを忘れられる心の支えとしての趣味=コスプレ」(11巻)であること、など「服を着る」ことの良い意味での副作用を描いてきたのですが、今回もそれは健在です。喜多川さんは下着を売る店で赤いTバックの勝負下着を目にします(89話)。店員さんに薦められるも勝負下着が要る関係ではないことを正直に告白するとその店員さんは喜多川さんの持つ「勝負肌着は男性の為にある」という発想をやんわりと否定し、良いと思うものを着用する気分の良さを説明して自らのモチベーションをあげるための勝負肌着の着用を薦めます。それを聞いた喜多川さんがどうしたかはぜひ本書をお読みいただきたいのですが、その店員さんの発想は思いもよらぬものであったので正直目からウロコでした。着せ恋は読んでいて思わぬ方向からの視点が注入されることが多いのですが、今回も唸らされています。

アニメとかマンガをたくさん読んでいるわけでは無く感想の書き方もよくわからないのでこのへんで。