『その着せ替え人形は恋をする』6巻を読んで(もしくは投げつけられた「気持ち悪い」について)

今冬の第六波の頃、『その着せ替え人形は恋をする』というアニメを視聴していました。原作にも手を出しています。着せ恋はコスプレがしたい喜多川さんといちおう裁縫が出来る五条くんが試行錯誤する物語でアニメは5巻までに相当し、『その着せ替え人形は恋をする』6巻(福田晋一・ヤングガンガンコミックス・2020)はその後の物語です。「読みました面白かったです」で終わらすのは惜しいので、書きます。

幾ばくかのネタバレをお許しいただきたいのですが、6巻前半ではコスプレのイベント会場が舞台となり、そこで女装する青年である姫野さんに出会います。その青年がどのような格好であったのかは是非本作をお読みいただきたいのですが、その女装する青年である姫野さんはコスプレをすることでそれまであった劣等感を変えて自信が持てるようになった経験を喜多川さんと五条くんに述べるシーン(41話)があります。姫野さんにとってコスプレは「自己を肯定し自信をつけてくれるもの」であったわけで、喜多川さんは推しと同じ格好をすることでの推しへの意思表示(アニメ1話)でそれができると判ると涙を流し、喜多川さんが憧れたジュジュ様はコスプレは魔法少女になりたくてもなれなかったことの自己実現(アニメ8話)であったのですが、今回も服のもつ魔力をきちんと描いてることに唸らされました。ここらへん、服というものは着る人にいろんな意味合いを持たせて着る人を鼓舞するものなのだなあ、と服に興味があまりあるほうではなかったのでなんだか興味深いのです。

もうひとつ書かねばならぬのが「気持ち悪い」についてです。姫野さんは女性とお付き合いしていたときに女装がバレて「気持ち悪い」という言葉を投げられています。その女性と姫野さんはどうなったかは是非本作をお読みいただきたいのですが、その言葉は結果として姫野さんを拘束します。「気持ち悪い」はたいてい「なにが」とか「どう」とか「どうして」とかの詳細が付されずに気持ち悪いとと投げつけられてしまうゆえに、受け取った方は詳細がわからぬまま対策も取れずふたたび云われやしないかと漠然とした恐怖を持ちいくらか委縮し構えてしまうようになります。漠然とした恐怖を持つ姫野さんの描写が秀逸で、それをいったん克服するところも含め、やはり唸らされています(43話)。「気持ち悪い」に引っかかったのは、女装はできないものの(これを書いているのはセクシャルマイノリティに属してて)気持ち悪いと云われてしまうかもしれぬ恐怖は身に覚えがあるせいかもしれません。

また「気持ち悪い」は人形好きの五条くんをも拘束する言葉です。幼い頃に男のくせに気持ち悪いという言葉を投げつけられそれをずっと抱えていて(アニメ1話)、6巻でも引き摺っています(46話)。ただ「気持ちが悪い」は誰もがいうわけではないと五条くんが気が付くところで6巻は終わっていて、そして「この先どうなるの?」というところ終わっていて、相変わらず話の持ってゆき方が巧いです。五条くんも「気持ち悪い」という言葉の拘束から脱出できれば良いのですが。

さて、くだらないことを。

着せ恋はコスプレが物語の重要な要素なのですが、6話後半では喜多川さんと五条くんはバニーガールに挑戦します。その苦闘の歴史は是非本作をお読みいただきたいのですが、胸のところをどうやってズレ落ちないようにしているか、尻尾がどうなってるか、バニーのコスチュームの下がどうなってるのか、などは考えたことも無かった完全に知らない世界だったので、技術的工夫は読んでて勉強になりました。勉強しても作るわけでもコスプレするわけではないのでぜんぜん役に立たない無駄知識なのですが。

でも無駄な知識でも技術的工夫って傍から見てて面白いってことないっすかね、ないかもですが。