肩を並べる

高校生で同じクラスで、アプローチしてきたのは先方だった気がします。私はなんの予習もしないで現代国語と古典、日本史はオッケイであった(ただし理系が苦手であった)ので、ノートを見せてくれ、ってな依頼です。悪いことしそうにないな、ってのがあったので、ノートを貸してから会話するようになり、そのころから放課後に美術室か音楽室か公園で二人っきりでしゃべるようになり、電話するようになってから、しばらくしてから交換日記をするようになります。交換日記は電話代よりノートやルーズリーフのほうが安かろう、という理由です。いちばんひどい時期は平気で毎日テレホンカード一枚分くらいしゃべってたのです(自室に電話があったので私がそこに公衆電話からかけていた)。でもってそのころから人の体温がなんとなく苦手、ってのを知ってたのですが、ひっついてても、ぜんぜんいやじゃないんだな・ああこいつに嫌われてるわけじゃないんだな、ってのは理解していました。「ひざ貸して」ってんでひざ貸すくらいにはけっこうはやくからなっていました。背は私のほうが若干高いのですが、頭は向こうのほうがよく、着るものも、話し方も、彼のほうが大人びていて同性でありながらああなりたいなあ・真似たいなあ、ってくらいにちょっと憧れていたところがあります。同列にいるようで、感覚的には一歩先へいってるようなそんな位置に居ました。私は20の記念にタバコを止めましたが、高校のときこっそり吸っていたのは彼の影響です。泊まりにいって同じベッドで寝てても嫌じゃなかったし、抱きしめられても逃げもしなかったし、肝心かなめのところに手が伸びてきても寝たふりしながらも嫌ではありませんでした(よいこのみんなはいみがわかんなくていいです)(でもよいこじゃないひとのために、ちゃんと書いておくと、このとき手を出されらのは嬉しかったのだけどそれだけで、おれは性的魅力はないのではないかとけっこう悩んでいました。マクドで仲良くなった年上の大学生に、ドライブに誘われてついていって、初体験を済ませちまいます。これがいまでも尾を引くのですが、かわいがってくれる人なら誰でもかまわないちょっと淫乱なところがあります)。話をもとに戻すと、大学は同じ大学でしたが向こうが工で、こちらは法で、学部が違いましたしキャンパスも違って、加えて私はバイトをしていたのでそれほど下宿などに入りびたりはしなかったのですが、でもけっこう夜に逢っていました。でも大学卒業を機に、彼は家業を継ぎ、こちらは会社に就職して東京を離れたので、疎遠になります。
転機というか、再度接近するのは東京に異動になった前後です。実家が開発事業にひっかかってて親が病気になっていましたから私が動いていたのですけど、そのなかで実務的な相談にのってくれたのが彼でした。教師と教え子みたいな、同列であるようで同列ではない立場で的確なアドバイスをもらいながら、まつぼっくりに火がついた、じゃねえ、焼棒杭に火がついた状態になります。しかしそれも途中でいったん消えます。先方がいったん配偶者を決めたからです。それに異議をそれほど唱えなかったのは、私が先方の求めた同棲や転職や起業の誘いをすべて断った弱みがあるのと、教えを乞うことからはじまった同列に立ててないという意識もあり、相手がそうしたいのなら、というのがあったからです。これからもよろしく頼む、っていうメールを貰って、どういう意味なのか訊けないまま、どんなメールや電話も欠かさずにでるようにしよう、ってのが数年続きました。
ちょっと前からわけあって再び逢うようになりました。いまはさしてカッコイイとも思えないし昔ほどの憧れはほとんどありません。しかし同列に立ててる意識があります。いつまで続くかわかんないのですけど、この年になってやっと等身大の彼を捕まえたのかもしれない、と思っています。
はてなのお題が憧れだったんすが、なんだかてんでわけわかめな方向へいっちまいました。