しない後悔よりした後悔

はてなのお題が「これって私だけ」です。
ベッドでおもちゃを渡されたことがあります。リング状のもので、それをしかるべきところに装着し電源を入れるとリング状のものが微妙に振動するタイプのものです。以前いちどだけ体験したときはあまり良い印象を持ちませんでした。躊躇したものの、「つける?」と渡されて装着してみる気になったのはスイッチを見つけたからです。意を決してスイッチを押してMAXにしてみるとかなり強力な振動がはじまり最初は耐えてたけどそのうちちょっと耐えられず結局外してもらいました。(横で見ていた)相手はどうしていきなりMAXにしたの、と問うので「スイッチってあったら押してみたくならない?」と訊き返したら笑われてそれきりだったんすが。もしかして「これって私だけ」かもしれません。
私は冒険心があるとそれに引きずられます。大人のおもちゃならMAXってどれくらい、という冒険心です。冒険心を優先した結果、場合によってはその結果恐怖を経験します。ただそれでも「しない後悔」より「した後悔」のほうが良いかなあ、と考えちまうことがあります。しない後悔よりした後悔、ってんで一歩踏み出すことがあるのですが。傍からみたら「軽はずみ」かもしれません。
去秋からちょっと荷が重いかなあ、ということを引き受けててなんとかここのところ安定しはじめてきたのですが、けっこうプレッシャーがあってもここで冒険しないで引き受けなかったらあとで後悔するかもという「しない後悔」より「した後悔」のほうがいいだろうということなので、疲労があっても、なんとかなってるところがあります。ちょっとへんかもしれません。
またはてなのお題とはかけ離れたエントリになっちまいました。