氏素性


うまれもさして裕福な家庭でなく、いわゆるテーブルマナーなんてまともに習ったことが大人になるまで一度もありませんでした。社会人になっても必ずしも接待を必要としない道を生きているので、今でもきちんとしたテーブルマナーを知りません。たぶん推測で、例えばナイフを外に向けてはまずい、ということぐらいはわかります。

イタリア料理を喰いに行こうといわれて給料日直後だから割り勘なら良いよと軽い気持ちでオッケイを出し、行ってみたらあなた上着がないと入れないようなフォーマルなとこで、店内が暗いイタリア料理の店とかだと正直なところ空気に負けます。そういうところに限って白熱灯みたいな照明でテーブルとかも決して明るくない。たぶん雰囲気のある店なんでしょう、世間的には。ある事情で山梨のワインについてはある程度わかるのですが、外国のワインなんてちっともわからないのにテイスティングを求められたりとか、正直戸惑ったこともあります(助け舟は出してもらえたが)。カッコよいとこみせようやないかとおもって食事をすすめてたら、よりによってグラスをこぼしてしまったこともあります(よくあることなのか、即対処してもらえた)。
誘ったほうはイタリア料理店に限らず、場慣れしてるのでこういうところへ何度か来てるのがわかるのですが、美味しいはずなのにこちらは正直食事どころではありません。育ちの差を痛感させられたことが何度もあります。そういう誘いに乗るほうも悪いのですけど。こういうところにも慣れておけよー、という配慮なんだとおもうようにしましたが、個人的にはどうも敷居の高いところはダメのようです。ステーキとか、魚のムニエルとかより、どう考えても私は十三のやまもとのお好み焼きのほうがいい。


和食なら問題ないかな、とおもってましたがそうでもないことがじきにわかってきました。直箸です。とり箸がないときに、自分の箸を反対にもち魚をとったら、どうしてそんなよそよそしいことするのか?と小言を食らうのです。なんか理不尽だなとおもうのですが仕方ない。「渡し箸」 といって食事の途中で箸を食器の上に渡し置くとこれは「もう要りません」という意味になるのですが、そうとって下げてもらったら、あ、下げてしまったんだ、と云われたことがあります。


飯を喰うってのはほんとに育ちが出てくるようです。
難しいですね。人付き合いって。