危険運転致死罪と業務上過失致死罪の間で

危険運転罪見送りか 3児死亡事故で福岡地裁
飲酒運転で多目的レジャー車(RV)に追突して海に転落させ3児を死亡させたとして、危険運転致死傷罪などに問われた元福岡市職員I大被告(23)について、福岡地裁(川口宰護裁判長)は18日、福岡地検に対し訴因変更を命じた。予備的訴因として業務上過失致死傷と道交法違反(酒気帯び運転)の罪を追加する内容。地裁は危険運転の適用は困難と判断した可能性が高い。結審後の訴因変更命令は異例という。
地検によると、地裁が求めてきた業務上過失致死傷罪の内容は、脇見による前方不注意だという。地検は「年内に結論を出す」としているが、応じない場合は危険運転致死傷罪が無罪となる可能性があるため、命令には従うとみられる。事前に地裁から打診があり、遺族には既に経緯を説明しているという。
被告は、危険運転致死傷と道交法違反(ひき逃げ)の罪に問われ、検察側は併合罪の最高刑となる懲役25年を求刑して結審、来年1月8日に判決の予定だった。

12月18日付神戸新聞より転載

刑法第12条 
懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、1月以上20年以下とする。



刑法第47条 
併合罪のうちの2個以上の罪について有期の懲役又は禁錮に処するときは、その最も重い罪について定めた刑の長期にその2分の1を加えたものを長期とする。ただし、それぞれの罪について定めた刑の長期の合計を超えることはできない。




刑法第208条の2
アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
2 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。



刑法第211条
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
2 自動車を運転して前項前段の罪を犯した者は、傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。



道路交通法第65条(酒気帯び運転等の禁止)
1 何人も、酒気を帯びて車両等を運転してはならない。



道路交通法第72条 
交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官か現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。



道路交通法第117条 
車両等(軽車両を除く。以下この項において同じ)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があった場合において、第72条(交通事故の場合の措置)第1項前段の規定に違反したときは、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
2 前項の場合において、同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。



道路交通法第117条の2  
次の各号のいずれかに該当する者は、3年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
1 第65条(酒気帯び運転等の禁止)第1項の規定に違反して車両等を運転した者で、その運転をした場合において酒に酔つた状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態をいう。以下同じ)にあつたもの


死んだのは子供が三人で、両親が子供を海中から助けようとしたけど叶わなかった、という事件です。加害者は飲酒運転のうえ事故発生後に現場から逃走して水を大量に飲んで酔いをさましたっていう経緯があります。ちょっと素人目にも悪質ってわかりますし、検察側は危険運転致死傷罪と道交法違反(ひき逃げ)を併合して最高刑の懲役25年を求刑してました。
(補足→刑法208条の2で1年以上の有期懲役って書いてありますが、12条で懲役20年まで科すことができます。で、道路交通法117条の2項で最高刑は10年なんすけど、刑法47条の規定で道路交通法のほうの10年を2で割った数+懲役20年しか、科すことはできません。で、25年です)


刑事裁判は起訴状ってのを検察官が裁判所に出すことからはじまるんですが、公訴事実というのを書きます。公訴事実の記載には起きた事実だけを記述します。この場合訴因として福岡市内でアルコール摂取(具体的に焼酎○合とか書くはず)の後、福岡市内走行中前方の多目的レジャー車に追突し海に転落させ、当該車両に乗車中の3児を死に至らしめたのち現場から逃走ししかるべき救護を行わなかった、とでも書いたと思います(あくまでも想像)。一番最後に罪名及び罰状ってのを記載するんですが、検察側は危険運転致死傷罪道路交通法違反とし、刑法第208条の2と道路交通法72条を書いて起訴したわけです。
で、条文を読んでいただきたいのですけど危険運転致死傷罪は正常な運転が困難であると認識していなければならないのです。「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ」の部分は、わざとというか故意にってことで、単に飲酒運転しているというだけではダメです。危険運転致死傷罪はわざと「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ」て、意図せず「人を負傷させたか死傷させてしまった」ことをがあれば適用できるのです。
検察はたぶん最初はイケル、と判断したんだと思いますが、事故当時に正常な運転ができないくらいに加害者が酒に酔っていたことを立証しなければならなかったりします。立証のためのハードルが高くて、そこで公判維持が難しいという問題が起きてるんだと思います。また、事故直後現場を逃走して酔いをさますため水を大量に呑んでるので、事故当時ほんとに酔ってたのか立証が困難になってたのではないでしょうか。もちろん、加害者に酒を呑ませたとか言う証人を出してはいるでしょうけど、加害者や弁護側が飲酒運転を認めても危険とは思ってなかったとか、正常な運転ができないほど酔ってなかったっていう主張を防禦としてするはずです、つか、弁護士なら一応本人のためにそういうことを主張すると思います(私が仮に弁護士ならそれくらいのことは云うと思う)。



刑事裁判の過程で検察側が起訴した事実を変更することを訴因変更っていいます。変更の権限は原則的に検察官にありますが裁判所も命令を下せます(検察官にも面子がありますし裁判所から打診しても検察の顔をたてて裁判所からすると検察側の訴因変更要求を許可したってことをにするとおもうのです。たぶん検察側が本気で訴因変更に抵抗してて、暗に検察はおれはいやだけど命令されたんだよ、っていう意思表示してると詮索しました)。さらに弁論を尽くした後ってのも異例だと思います。補足すると、裁判所は検察からの起訴状に書かれたこと以外のことを判断できません。例えば、これ、危険運転致死傷罪じゃなくって業務上過失致死じゃね?って思っても、判決で勝手に起訴状にかかれた罪名と罰状以外のことは言い渡せないのです。この事案の場合、起訴状に書いていた「刑法第208条の2と道路交通法72条」のほかに「刑法211条と道路交通法65条」も追加してくれませんか?って裁判所のほうから求めたようです(事実上裁判官の心証は危険運転致死傷罪を適用するのは困難かもってことを意味してるとおもわれ)。記事では追加って書かれてるので、元の訴因は主位的なものとして維持しつつ、それが認定されなかった場合に備えて滑り止め的なものを追加したのだとおもいますが、検察官が命令に従わず元の主張をそのまま維持することも可能だとおもいますが、維持したことで無罪ってことになるはさすがにまずいでしょうから(つまり、3人死亡して道路交通法違反しか問われないってのはおかしいから)、検察は応じると思います。
でも仮に業務上過失致死傷罪ということになると危険運転致死傷罪とちがって量刑は大幅に引き下げられるわけで、事件の悲惨さを考えると、被告人のおこした罪は言い渡される罪よりは遙かに悪質であるとおもいますし、裁判所も検察は相当苦悩して、と思うのです。ただ、危険運転致死罪という重罰を科すかどうかの判断にはその条文を適用できるだけの危険状態があったか否かを慎重に見極める必要があり、慎重に公判をすすめるべきであったはずです。それを考えるとほんとは訴因の変更とか重要なことは弁論を尽くす前に検察側に言っておくべき事柄じゃないのかな、と思うのですけど。




確か東名高速であった酒酔い運転の大型トラックによる事故で子供2人が死亡したのを機に議論があって、ミスによるものを含む業務上過失で飲酒により招いた事故も裁くというのはなんぼなんでも、という批判があって、飲酒運転を厳正に処罰する目的の法律のありかたが議論されました。飲酒運転に危険運転致死罪を適用するためのハードルが高すぎることが問題っていえばそうなんですが、この福岡の事件を見てると心情的にはなんとかならんのか、と思いつつ、現状ではなんともできなさそうなのが、ほんと見ていてもどかしいです。
で、(きわめて断罪されるべき行為である)加害者による事故後の逃亡ってのと水を呑むという証拠隠滅行為はひき逃げの構成要件にはなっても死亡事故の直後の行為で、危険な運転をしていたという証明にならない内容であることが(むしろべろんべろんに酔ってないってことに利する内容ってことが)個人的には苛立たしくてたまらんですが。




末尾ながら亡くなった子供達の冥福を祈ります。
合掌。