見ることもしくは視線について(映画『青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない』を観て)

ここ数年ずっと追いかけている青春ブタ野郎シリーズの映画『青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない』を今月に入ってから観ています。おもしろかったです!で済ませても良いのですがなんだかもったいない気がするので、メモ代わりに書きます。

いつものように幾ばくかのネタバレをお許しください。主人公の梓川咲太は妹の花楓とともにいまは藤沢に住んでいます。いまはと書いたのは梓川家の兄妹は以前は横浜に居て、横浜では花楓ちゃんがSNSでイジメに遭遇しそれを苦にした母親は精神的な疾患を発症し梓川家は家族で住むことを諦め、結果的に隣接する藤沢での兄妹二人の生活になっていました(ここらへんは『バニーガール先輩』および『おるすばん妹』に詳しい)。『ランドセルガール』は復調の兆しを見せた母親と梓川家の兄妹の物語が主です。主ですと書いたのにはわけがあって主ではない副の部分である親子関係の話が一筋縄でなくひどく重いからです。もっとも物語そのものは淡々と進みます。

いつものようの話は横に素っ飛びます。題名に「見ない」という文字が入っていますが「見る」というのは意思表示の一環でもあって、たとえば本作の前半部で咲太の後輩である古賀さんは咲太の目を見て「かわいいっていうな!」と抗議する描写があるのですが・後半部ではベッドの中でヒロインである桜島先輩が咲太の目を見ながら「おはよう」とささやく描写があるのですが、目と目が合うことで意思疎通が強化されることもあるはずです。目そのものは言葉を伝えませんが、視線が合うことによって言葉以外のものが伝わることがあるわけで。

青春ブタ野郎シリーズのいくつかには「人は見たいようにしかものを見ない」という主題が伏流水のように流れていてそれが本作の『ランドセルガール』にも出てきます。そして話を物語に戻しながらもう幾ばくかのネタバレをお許しいただくと、物語の途中から咲太は誰からも認識されなくなった上でそして母親が咲太と視線をあわせないことやそれに気が付かなかったことに気が付きます。

「つまり、見えるものについては人の主観が入っるってことだよな?」

「そう。見たくもないものは見ようともしない。そんな芸当も、人間には出来る」

見て見ぬふりをするなんて言葉もあるくらいだ。眼中にない。気にも留めていなかった。意識していない。言い方はいろいろあって、納得できる部分は多々ある

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』P99

見えるもの見えぬものに関して過去の経験から学び取った咲太が直面した問題をどうやって解決したかや物語がどうなったかや一筋縄ではいかぬ親子関係については本作のキモだと思うので詳細はぜひ劇場で作品をご覧いただくか原作にあたっていただくとして、誰も咲太に気づかず咲太抜きで家族のだんらんがはじまる描写ほか本作は「見る」「視線をあわす」といった目に関する行為について映像で巧く表現している気がしてならず、文章にはおそらくできぬことなので制作陣にブラボーを贈りたいほど唸らされています。個人的にはそこらへんが映像化した本作の見どころのひとつです。

映像ついでに書いておくと認識されなくなってから横浜の家の鍵を開けようとして巧くいかぬ描写が咲太の焦りを巧く表現できている気がしていて唸らされています。そして桜島先輩と江ノ電に乗り藤沢に戻る描写が終盤にあってそれがどってことないはずなのですがかなり印象に残っています。桜島先輩とともに帰る藤沢が日常と解釈し日常に戻れたのだなという安堵をその描写で確認したからかもしれません。

以下、くだらないことをいくつか。

ひとつめ。本作の終わりのほうで母親と花楓と咲太で泣きじゃくる描写があり「家族になった」という咲太の独白のセリフがありました。そんなセリフあったっけか?と思って原作にあたるとその記述があって(P276)、ああおれも見たいようにしか見ていないのだなと打ちのめされてます。ただ(家庭が機能不全状態の登場人物が多く家族ってなんだろうというところにつながりかねず)カットしてもよかったのでは?感はあったり。

ふたつめ。些細なことなのですが本作に出てくるランドセルガールがなんなのかは本作では明らかにはされていませんし原作でも明らかにはされていません。え?どうするの?このまま?と思っていたら『ランドセルガール』以外の原作のアニメの制作が決定したようで、ランドセルガールの正体はどこかで明らかにされるのでは?と期待したいところであったり。

みっつめ。青ブタの舞台は神奈川で、ご当地のものがたまにでてくるのですが今回はマーロウのプリンと崎○軒のシウマイです。青ブタのアニメを制作してる会社は伝統として料理を美味しそうに見せるのが巧く今回もそれは健在で、単に温めたシウマイであっても美味しそうで、観ながら「そのうち買おう」となってしまっています。

さて、原作を既に読んでいるので

 

gustav5.hatenablog.com

 

内容は知っていたのですが映像は「そこをそう表現したのか」とか「そこを拡大したのか」と違う視点から物語を俯瞰出来たせいか、飽きずに最後まで退屈せず観ていました。アニメをそれほど観ているわけでもないし詳しくもなくその上感想の書き方もよくはわからないのでこのへんで。