『青春ブタ野郎はマイスチューデントの夢を見ない』を読んで

青春ブタ野郎はマイスチューデントの夢を見ない』(鴨志田一電撃文庫・2022)を読みました。おもしろかったです…で済ますのがもったいないので、本をたくさん読んでるわけでもなければレビューを作成するほどの読解力もありませんが、書きます。

本作のヒロインはシリーズ通しての主人公である梓川咲太のバイト先の塾の教え子である高校一年の姫路紗良です。姫路さんがどういう人かは読むこちらには最初からしっかりとは明示されません。ただ咲太の後輩である古賀さんの

「姫路さんって、すごっいモテるから。先輩も、せいぜい気をつけてね」

’                         (P108)

という言葉のように警戒を促すような・古賀さんからすればおもしろくなさそうな、おそらく一筋縄ではいかぬことが暗示されます。姫路さんに何が起きたか・どのように事態が解決したか、については詳細は本作をお読みいただきたいのですが。

いつものように幾ばくかのネタバレをお許しください。本作の底に流れるのは「好き」もしくは「好きとはなにか」についてです。この「好き」もしくは「好きとはなにか」という主題は本作のあちこちで出てきます。たとえば咲太の友達候補の同級生の美東美織は「好きってなんだろうとときどき思う」と作中で述べるのですが、すかさず咲太は

「美東、カツカレーは好きか」

「好きだよ」

そう言って、美織は再びカツとカレーを口いっぱいにほうばった

「じゃあ、それが好きって気持ちだよ」

                     (P179)

と解を出します。作中にでてくるミニスカサンタこと霧島透子も咲太に奢らせる程度に金沢八景の街中のお店のモンブランに執着しています(P68)。誰もがその解に同意するとは限らぬものの、この咲太説≒作中の言葉を借りればある意味「野性的」な「好き」はおそらく間違っていません。

間違っていませんがカツカレーやモンブランのように自ら執着する以外の側面の「好き」についてもフィクションに載せて描かれています。

作中親友の双葉理央は教え子から執着を含む好意を持たれて予想外の事態に困惑する描写があって「好き」はそのように自ら向けるものではなく他方から寄せられることもありえることが例示されます。ところが姫路さんは双葉理央とは異なり他方から執着を含む好意を寄せらても困惑せず作中の言葉を借りればモテる状態が幸せと述べます。どっちが正常でどっちが異常かとかではありません。が、執着が他方に向かずすべておのれに帰着し「誰かに好かれる自分自身が好き」ということもありえるわけで。誰もが知る言葉でありつつ、かつ、誰もが同じとは限らない「好き」について、本作は深堀りしています。ここでもういくばくかのネタバレをお許しいただきたいのですが、咲太が押しつけがましくならない程度に自説を述べたあとそれを聞いた姫路さんは

「…だったら教えてください」

短い沈黙の後に、意を決したように紗良は口を開いた。

朔太を見上げたその瞳は挑戦的で、挑発的だった。

「どうしたら咲太せんせみたいに人を好きになれますか?」

                      (P173)

と咲太に投げかけます。一見素っ頓狂な質問ですがその素っ頓狂という感想は他人に好意を寄せるのが当たり前と考えてるからこそでてくる発想で、「ちやほやされる自分が好き」ならばこういう疑問が出てきても不思議はないです。咲太と姫路さんの会話は(はたから見ると姫路さん側の肝心なところが不思議と抜けているもののそれが特性とわかる程度に)わりと緻密に構成されてるので「こういう人が居てもおかしくないよな」的な説得力がありました。

姫路さんの問いに咲太はどう考えたかや、一緒にクリスマスを過ごすために物語後半では咲太と桜島先輩が動くのですが、そこらへんはいちばんのキモだと思うので詳細はやはり本作をお読みいただくとして。

以下、頭の悪い擬態語をつかって愚にもつかない雑感を書きます。本作では咲太と姫路さんとの会話は一問一答の検事調書形式というか咲太の問いに姫路さんが答え、そこから咲太も読者も姫路さんの思考を読み解くタイプのものが多いです。また最終章で桜島先輩は一問一答で姫路さんの内心にじわじわと迫ります。本作は会話がわりと鍵で、かつ、ぐいぐいきて、読んでいる最中は度数の高いアルコールを舐めているようなヒリヒリ感がありました。青ブタの続きはもちろん読みたいですが鴨志田一原作のミステリをいつか読んでみたいと思わされています。

さて、前前作「迷えるシンガー」でミニスカサンタが出てきてて、本作でも出てくるのですがモンブラン好きとかいくつか明らかになった点があったものの謎が多いままです。また前作「ナイチンゲール」で出て来た伏線もすべては回収されていません。加えて、不穏な動きが巻末にちらっと出てきます。次回作が気になるのですが、チュールのにおいを嗅がされながらの「マテ!」状態はきついので、はやめの新刊を期待したいです(実は前作ナイチンゲールと本作の間に2年ブランクがあった)。

2つほどくだらないことを。

ひとつめ。青ブタはちょくちょく美味しそうなものが出てきます。本作では賞味期限のある注文を受けてからマロンクリームを絞るモンブランが出てきます。モンブラン自体は知っていますが恥ずかしながら絞りたてマロンクリーム味の想像が想像できず、どんなものだろう?と数秒、フリーズしていました。いっぺん食べてみたいなあ、と思わされています。ちょっとハードルが高そうですが。

ふたつめ。青ブタは「人は見たいようにしかものを見ない」というのがちょくちょく出てきます。本作ではよりによって過去にその忠告をした双葉理央が教え子の好意に気付かず「周囲を見たいようにしか見てない」ことが発覚します。

作品の舞台は八景のほかに藤沢と鎌倉で、藤沢と鎌倉を結ぶ江ノ電もでてきます。作中でトンネルで車内が暗くなる描写があり、でもって個人的なことを書くと江ノ電にトンネルなんてあったっけ?とひっかかり、ネットに転がってる動画を見たら長谷のあたりに実在するようで。江ノ電には全区間乗ってるはずなのですが、やはり「人は見たいようにしかものを見ない」のだなあ、と。本作も見たいようにしか見てないかもしれないので、このへんで。