『青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない』を読んで

青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない』(鴨志田一電撃文庫・2023)を読みました。おもしろかったです…で済ますのがもったいないので、本をたくさん読んでるわけでもなければレビューを作成するほどの読解力もありませんが、書きます。

いつものように幾ばくかのネタバレをお許し頂きたいのですが、正体不明のシンガーとして既知であった霧島透子を名乗るミニスカサンタが主人公である梓川咲太には大学入学後に見えていました(『迷えるシンガー』)。しかし朔太以外には見えず、加えて、ミニスカサンタは咲太の恋人である桜島先輩をよくは思っていないことを咲太には伝えています(『マイスチューデントの夢を見ない』)。その上で(ここらへんは『ランドセルガール』に詳しいのですが)咲太にとって居心地の良いもうひとつの可能性の世界の梓川朔太から「霧島透子を探せ」「(桜島先輩=)麻衣さんが危ない」という不穏なメッセージを貰っています(『ナイチンゲール』)。それらの断片的な情報から霧島透子にアプローチをしつつ、桜島先輩を危機から守る自主的なミッションが朔太にはあり、さらに(寝ている間に)夢を見たことが現実になる現象が多発してる状況下で後輩である古賀朋絵がとどめを刺すように

桜島先輩が藤沢警察署で一日署長をするんだけど」

「そうなのか?」

そんな話、朔太は知らない

「イベント中の事故で、意識不明になったっていうニュース、夢の中で見たの」

という夢を見たことを咲太に伝えます(P69)。朔太がそれら解決しつつ事態を好転させるためにどうしたか?や、どうなったか?は是非本作をお読みいただくとして。誤解を恐れずに書くと数式を解くようなというか、周囲の協力を得ながら難解な問いに対して妥当な解を出す様子が描かれています。そしていままでと同様に登場人物は物語を通して変化し、人に可塑性があると信じ込んでるほうからするとそこらへんも好ましかったりします。

不粋なネタバレをもう少しお許しいただきたいのですが、本作に伏流水のように流れているのが「自分らしさ」の厄介さです。

「私は今でも覚えてる。幼稚園に通っていた頃に、友達のお母さんから『郁実ちゃんはいい子だね』っていわれたことを」

「……」

「私はそれが嬉しくて、また褒めてもらいたくで『いい子』でいようとした」

引用したのはの登場人物のひとりである赤城郁実のふとした回顧で(P252)、いい子という「云われて嬉しいと感じたこと」と「望んでいた自分の姿」と重なり、他人の評価を軸にした望んでいた自分の姿が本人を拘束してしまったことについて赤城さんは第四章で触れています。それを聞いたやさしくありたいと願う咲太ももちろん身に覚えがあって、咲太は赤城さんの回顧を肯定します。フィクションに限らずおそらくどこにでもある話かもしれません。

本作では、その望んでいた自分の姿が赤城さんのいい子や朔太のやさしくありたいではなく「人より恵まれてると思いたい」という人物が出てきます。人より恵まれてる状況ならともかくとして、もし人より恵まれてない状況下に陥ると「人より恵まれてると思いたい」おのれが崩壊して「望んでいた自分になれてない」状態ですから惨めになってしまうわけで。加えて、いまはSNSなどで私生活が公開されいいねなどの評価のシステムが可視化されてて、人より恵まれてる状況が容易に確認できる一方で人より恵まれてると思えない状況も容易に確認できるわけで、もちろん描かれてるのはフィクションでそしておのれには縁の薄い世界ではあるものの、いまの可視化された世界の残酷さ酷薄さに読みすすめながら改めて気が付いています。

作中でその惨めな状況である行動を起こした登場人物を嗤えるかといったら嗤えなくて、その行動は傍から見るとかなり奇っ怪ではあるものの不思議と行動の理由も理解できちまっています。そこにいたるまでのおそらく緻密な描写の影響です。くわえて、根っこにどこか「それは仕方ない」という許容が作中全体にあるというか、いままでの先品もそうなのですが間違いを否定しない空気は今回も健在でした。

以下、頭の悪い擬態語をつかって愚にもつかない雑感を書きます。限られた得られた手がかりや新しい手掛かりを前提にして咲太と親友の双葉理央、そして友達候補の美東美織を含む周囲がその分析をしつつミニスカサンタの真相などが読みすすめるとじわじわと明らかになってくるのですが、どちらかというと前作同様にミステリ色が濃い印象がありました。本作は咲太の胃がキリキリ痛みそうな状況が続くのですが読んでる間は度数の高いお酒を呑んでいるようなヒリヒリ感を感じつつページをめくったことを告白します。

最後にほんとにどうでもいいことを2つ。

ひとつめ。本作は桜島先輩を筆頭に今まで出て来たタイトルロールの登場人物がほぼ全員出てきました。そのことについていい日であったと総括されてはいるのですが(P303)、実は一人だけ出てきません。くわえて、本作ですべての謎が回収されたわけでもありません。その上で、次回最終章突入の予告がなされています。そうすると今回出てこなかったあの人がカギを握るの?と、あらぬ妄想が読後しばらく働いていました。ちゅーるのにおいだけを嗅がされた状態での「マテ!」はきついので、願わくばはやめの新刊をお願いしたいところであったり。

ふたつめ。青ブタは藤沢の北口を中心として神奈川が舞台なので神奈川ローカルのものがちょくちょく出てきます。本作では湯もちという和菓子が出てきてて実は小田原駅でも売っていて、にもかかわらず、恥ずかしながら今回はじめてその存在を知りました。「人は見たいようにしかものを見ない」というのがシリーズ通しての伏流水のように流れるテーマなのですが、私も見たいようにしかものを見てないのだなあ、と。本を読んでも見たいようにしか見てないかもしれなくて、なのでまともなことを書く自信もやはり無いのでこのへんで。