いつものように話が長くなります。
民法の家族法の分野には認知という言葉があります。父または母が子について血縁上の親子関係の存在を認める旨の行為です。市役所などに婚姻届けを出している婚姻している男女の間の子は嫡出子たる地位を得て子と親の間に親子関係が成立しますが、市役所などに婚姻届けを出していない男女間の子(=家族法の世界では婚外子と称することがある)のような事例においては認知をしないと親子関係は成立しません。ただし母と子においては判例上母の認知を待たずに分娩の事実をもって親子関係が成立する扱いになっています(最判S37・4・27)。そして787条に子からも認知の訴えに関しての条文があるので、子からもできます(この場合、親が子の法定代理人となることも出来る)。
「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」というのがあります。ここでいう「性同一性障害者」の場合、戸籍を変更することが出来ます。ただし3条に条件があり現在は18歳以上であることや現に婚姻をしていないこと、現に未成年の子がいないこと、生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること、などが必要です。条件に合致してる場合は家庭裁判所で家事審判を申し立てして家裁が許可をだし、戸籍の変更を行います。
男性から女性への戸籍の性別変更前に精子を凍結して保存しておくことは別に何の問題もありません。しかし戸籍の性別変更後にその精子を利用してパートナーの女性との間に子を出産した場合、同性婚の制度がないので当然にはその子は2人の間の子とはなることはありません。そしてその出産したパートナーと子の間には当然に親子関係が生じますが、男性から女性へ性別変更した人と子の間には生物学上の親子関係はあっても法律上は当然には親子関係は成立しません。性別変更した人からの認知というのが浮かびますがそもそも前提として生殖腺がないうえで性別変更をしているので困難です。もうひとつの取れる手段の一つとして子からの父を相手とする認知の訴えです。
性別変更後に凍結した精子を利用してパートナーとの間に子を出産した事例について(出産した親が法定代理人となって)子からの認知の訴えがあり、それについて今年の2月28日付けで東京家裁で判決があったのですが
「法律上女性とみなされる人が父にあたるとすることは、現行法と整合しない。子どもを出産しておらず、母とみることもできない」
として棄却しています。この判断は過去の判例や現行法との整合性を重視してて、また性別変更後に婚姻して第三者の精子を利用して子を出産した場合においてその子を嫡出子として扱った事例(最判H25・12・10)が以前あってそれらを含めどちらかというと生物学上の親子関係だけで親子関係父子関係等が決まると裁判所は考えていなさそうなところがあるので私個人はそれほど突飛なものとは思えませんでした。
この子からの認知の訴えの訴訟は地裁を経て東京高裁に持ち込まれていて、話がややこしくなって恐縮なのですが正確に書くと、性別変更前に生まれた子(長女)と性別変更後に生まれた子(次女)からの、性別変更した女性を父を相手とする認知の訴えです。19日に判決があり20日付毎日新聞によると
「子が認知を求めるのは重要な権利で、凍結保存精子を提供した男性を父として認知請求をできる」
と指摘したうえで性同一障害特例法の「性別変更後も、変更前に生じた身分や権利義務に影響を及ぼさない」という規定から、
「性別変更前に生まれた長女は認知請求ができるが性別変更後に生まれた次女は認知請求ができない」
と東京高裁は判断しています。
子の身分関係を安定させる観点からは男性であった時期に生まれた子の認知を認めるというのは理解できるし東京高裁はそこを重視したと思われるものの、結果として生物学上の姉妹でありながら判断が分かれるというのが厄介なところで、現行の法律の枠組みでは処理しきれぬところがあぶり出された格好です。
なお性別変更にあたって未成年の子が居ないことが要件となっていますが認知していなければ生物学上はともかくとして法律上は子が居ないのと同じですから、その点はすくなくとも法律上は無問題のはずです。この訴訟を知るまでこのトリック(?)にも恥ずかしながら気が付きませんでした。
民法には養子縁組の制度もありそれによって養親養子の親子関係は成立しますが、それを知ってての訴訟のはずです。おそらく最高裁に係属するものと考えられその判断に注目したいところですが、数か月前にも似たようなことを書いてるのですが月並みなことを書くとこれらの問題は現在の家族法が現代に対応しきれていないことに起因するのは明らかで、そろそろ法整備を考えたほうが、とは思っちまうのですが。