歴史を紀行する

 「歴史を紀行する」(文春文庫・1976)という司馬遼太郎さんの紀行文集があります。取り上げられてるのは土佐や吉備、近江などですが、歴史にとどまらずときには脱線して(瀬戸内の人間がストーリーテラーになりやすいのに対し)太宰治であるとか宮沢賢治であるとか東北の文学者は「人間はいかに生きるべきか」的な根源的なことを考えてしまうのかとか興味深い疑問が示されています。その論点について文学部卒ではないし文学は詳しくないのでここでは深入りしません。でもってどの土地も現地へ赴き、ときには地元の人との対話を通しつつ、良い面も悪い面も含めその土地の個性を浮かび上がらせてて、地方史に明るいわけではない私には読みごたえがありました。

例えば佐賀です。

佐賀には「佐賀もんの歩いた後には草も生えない」という言葉がある(らしい)のですが、それは肥料にするために草を刈るのではないか?という福岡の運転手の仮説を交えつつ、長崎警備を佐賀藩が担っていたために製鉄所を作り洋式鉄砲や蒸気船を作らざるを得ずそのために「草も生えぬような」といわれる重税となっていたのではないか、という推察がなされています。

また藩士の子弟を藩の学校に入れ成績の悪い子弟の家には家禄の十分の八を取り上げ役職に就けないようにして成績の良い実力者のみを育てる制度を紹介しつつ、その徹底的な学業鍛錬主義をくぐりぬけた実力のある人材が明治維新後に実務家として活躍したことも触れられています。いちばんわかりやすいのが司法制度の整備や三権分立をとなえ、正義感が強く長州閥の官吏の汚職を厳しく追及した江藤新平です(皮肉なのは下野ののちに佐賀の乱の結果、自らが作り上げた完全ではない司法制度で裁かれていますが)。実力のある人間を輩出する藩のシステムがあった影響からか、本が書かれたのは私が生まれる前の昭和44年でいまはどうなってるのかわからぬものの、試験があって佐賀人が試験委員になれば佐賀人をえこひいきせずに、それどころか他県出身者と佐賀人が同点であれば佐賀人を容赦なく落とすという、えこひいきととられることも許さぬ精神を佐賀の風土の特質として紹介しています。

そして「腐ってもチャア(鯛)、ふうけても佐賀もん」という腐っても間違ったことをするなという市役所の職員の自戒の言葉を末尾で引用してて、読んでいて江藤新平から地続きでなんだか「よくできたフィクションみたいだ…」とは思いつつ、でも社会がちょっとでも実際に・フィクションではなく「佐賀のようであってほしいよな」と思うところがまったくないわけでもなかったり。

「歴史を紀行する」は他にも加賀、三河などの項が信仰と風土の関わり合いを含め、わりと興味深かったです。