歳をとるということ

TBS系でやっていた「チューボーですよ!」がこの12月で最終回になりました。
「チューボー」のすごいところはキョショーたる炎の料理人三ツ星シェフを自称する堺正章さんが実は料理に関してずぶの素人で、ホテルや専門料理店のシェフ≒街のキョショーの助言を得ながら料理を完成させるドキュメントで、おそらくスタジオで起きたことをほぼそのまま放映したところです。たとえばフライパンを返して失敗したら失敗したでそのまま、味付けが濃すぎたら代替品を用意せずそのまま、繕うことはほぼ皆無であったはずです(同時にそれが初心者が失敗しやすい点の警告にもなっていた)。キョショーにとっての鬼門は火加減が命の卵料理と「とろみ」で、キョショーの名誉のために書いておきますが最終回の前の回で22年目にして街のキョショーの助言を得ながらなんとか卵料理の鬼門を克服しています。最後までドキュメントを貫いていました。
私は10代前半から包丁は握っていたのですが、それほど料理を知っていたわけではありませんでした。「チューボー」で濱田マリ女史が出ていた回で家常豆腐をやっていて録画していたのですが、わたしははじめて家常豆腐なる料理の存在を知り、手間はかかるけど作れる料理のレパートリーにしました。そういう意味で個人的には食生活を豊かにしてくれた番組です。なにも予備知識のないやつでもそれ相応に知識を吸収できたので、録画したものを観る時はたまにメモしながら視聴していました。お世辞抜きで毎週楽しみにして、そして参考になった番組です。ただ途中からアシスタントが変わってしまってからは(小林麻耶アナの時代まではほぼ毎週録画して見ていた)方向性に変化があったのかまったく視聴しなくなってしまったんすが。視聴しなくなったくせして無くなることを知って「ちょっと惜しいな」ってのがあります。
スマスマもチューボーもそうなのですが、「最初のころは、父と母が生きていたんだよなあ」なんてことをおもいだして感傷的になっちまいました。歳をとるということって、もしかしてそういうふうにふとしたきっかけで振りかえることが多くなるかもしれないってことなのかもなあ、とここであらためて理解したんすが。