民法762条1項のこと(もしくは『歴史の中で語られてこなかったこと』を読んで)

日本の民法はフランスの民法の影響があるといわれますが、明確に違う部分があります。そのひとつが民法762条1項に「夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする」という条文です。いわゆる財産別産制で(対してフランスは共有制で)、この条文を目にしたのはやはり法学部にいた大学生の頃です。仮に法曹に進んで弁護士や裁判官になっていてたら話は別なのですがそうはならなかったので至極当然のこととしてこの条文は記憶の片隅にあるだけでした。もちろんこの条文がどうしてできたのかなんて考えたこともありませんでした。

話はいつものように横に素っ飛びます。

ここ数年網野善彦という甲州出身の歴史研究者の著作を追っていて、いま読みかけているのが『歴史の中で語られてこなかったこと』(網野善彦宮田登朝日文庫・2020)という本です。その本の第一章では女性や養蚕や織物について語られています。租庸調のうちの調として貢納された絹等の名義人は成人男子であったがゆえに史料として残るのは男の名で(P62)、しかし赤穂や甲州では明治や昭和になっても家庭内で女性が製糸をし機で織物を織っていた実例などを踏まえ(P51)、実際に養蚕や織物を担当していたのは女性ではないかというのが宮田さん網野さんの意見です(P60)。養蚕の収入は女性が仕切っていたと推測される伝聞や(P66)付随して俗に上州で女性が強いとされてるのも養蚕が盛んであったからでは(P40)という記述があり、他の傍証を踏まえると読んでいる限り養蚕や織物に関わる女性はある程度の金銭的余裕があったと思われます。その上で、ルイス・フロイスが欧州との対比で財産別産制であったことを記述していたことを紹介していて(P64)、いまの762条1項に続く流れが出てきて「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と言葉にならない程度に唸らされています。別産制はこの国の女性の生活に深く根差したものであるようで。

さて、財産別産について磯田道史先生の『武士の家計簿』(新潮新書・2003)にも記述があった気がしてならず、読み返して確認しています。『武士の家計簿』は加賀藩の猪山家の幕末の記録ですが猪山家の家計簿には妻より借り入れの項目があり、奥さんの財産と家計とは別会計であったようで(P92)。江戸期の武士階級には別離・死別が多く、また子が産まれないと実家に帰るかわからない存在ゆえに妻の財産が独立的になりがちであった(P93)という解説を磯田先生はなさってるのですが、おそらくこの江戸期の武士の家庭の会計慣習等も762条1項に影響を与えてると思われます。

恥ずかしながら高校で日本史をやって、大学でも法制史は選択で取っているのですが、残念ながらそれを深くは学んでいません。ここらへん、法学部でも法制史をやってれば面白かったはずなのに…と悔やまれるところなんですが。

本を読むと不意におのれの過去の学びの浅さと対面することってないですかね。ないかもですが。