『刀の明治維新』

「おまえオモシロイな」と面と向って云われたことが以前あって、それは本人は面白いことをいったつもりがないにもかかわらずのことだったので、それ以降面白いというのはなんなのか?ということが気になっています。私にオモシロイといった人は(かつての)上司で上司の気安さゆえに訊いたら「考えもしかかったことをさらっという」のをオモシロイと感じたそうで。話をもとに戻すと、経験からくる勝手な推測ですが人は「なにが」「どのように」ということを省いて単におもしろいということが多いような気がしてなりません。「なにが」「どのように」おもしろいかは人それぞれのはずなので慎重にならざるを得ずよく知ってる人に対しては別として、私は逢ったことも無い他人に自分が面白いと思ったものをすすめるのはそれほど多くありません。

多くはありませんが「最近私が読んでいておもしろいと感じた本」としては『刀の明治維新』(尾崎秀和・吉川弘文館・2018)を挙げざるを得ません。詳細はお読みいただくとして簡単に書くと戦国期から明治維新にかけての刀とそれにまつわることについて詳細に紹介されている本です。

秀吉の刀狩りは誰もが知る事実ではありますが、家康はその政策を継がず刀狩りをしていません。武士以外にも刀剣の所持を禁じることもしないまま天下泰平の世の中になると反りのある刀より見栄えを重視した棒のような刀が流行り出し、刀そのものよりも刀を差した姿を重視するようになります(P25)。棒のような刀は忠臣蔵の時代には廃れるものの刀そのものよりも刀を差す姿を他人に見せることに人は意味合いを持つようになります。

ところが。

寛文八年になると幕府は町人が(刀より小さい脇差は別として)刀を差すことを例外はあったものの禁じ、更に天和三年になるとほぼ原則禁止とし、(刀より小さい脇差は別として)刀を差すのは武士だけにしようとします。

とはいうもののあっけなく崩れてゆきます。

元禄になると京都では公家の家来や朝廷に奉仕する地下役人の身分を兼ねる町人が刀を差しはじめ(P72)、朝廷や公家を敵に回すわけには行かぬので朝廷などの役務をするときだけ刀を差してよいと変更します。加えて江戸で大工頭の役職に禁止されてた帯刀が許されると加賀藩の御大工や京都と長崎の奉行所支配下でも一部の役職にも帯刀が許されはじめます(P86)。たとえば加賀藩の場合、帯刀することで指図するであることを明確に示したいという主張が当事者からなされてのことなのですが、完全に刀の使用を前提にしておらず、他人に見せることに意味があるようになっていたわけで。

帯刀は宝暦の頃には冥加金を積んだ町人にも許可されるようになります(P119)。江戸初期にはじまった糸割符の株を手に入れ刀も得た町人が帯刀したいがゆえに糸割符の由緒書をどんどん改変していった様子も書かれているのですが(P128)、それは読んで笑うしかないシロモノです。刀というものが見せびらかすものになってしまっていることがうかがえ、そして、帯刀した姿を他人に見せたいという欲は・他人にドーダすげーだろと自慢した上でえらい人間と思われたいという欲は、過去を改変してつじつまの合わないことまでするのか、と思わされています。

そのような状態で幕末や明治維新に突入し、刀と刀を取り巻く人間がどうなったかが本書のキモですがそこらへんはやはり本書をお読みいただきたいのですが。

史学科を出てれば別かもしれませんがあほうがく部卒なのではじめて知る事実が多く、「なに」が「どのように」おもしろいかと問われれば刀や江戸時代という一応は知ってるはずの事柄でありながら「知らなかったことを知った」「想像できなかったことが起きていたことを知った」という意外性のおもしろさです。

なお、岐阜の関市の博物館の学芸員さんに現地でこの本を奨められて読んでいます。知識の欠損が多い人間なのでおもしろいと感じられたのですが、知識の欠損が多くない人がおもしろいと思うかは正直わかりません。複数の人が読むかもしれない今週のお題「最近おもしろかった本」をひっぱったのに、それじゃダメじゃん