シネマ歌舞伎『月光露針路日本 風雲児たち』を観て

シネマ歌舞伎『月光露針路日本 風雲児たち』という作品があります。以前、途中から歌舞伎座で歌舞伎版を観ているのですが、再度映画で映画版を今月に入ってから冒頭から観ています。でもって、なにも書かずにいるのはやはりちょっともったいない気になってきたので、書きます。

原作は作品名にも出てくるみなもと太郎のマンガ『風雲児たち』で、エピソードそのものは井上靖おろしや国酔夢譚』と同じ大黒屋光太夫一行の漂流及びロシアからの帰国までの顛末で、詳細は是非何らかの形で視聴していただきたいのですが壮大な物語になっています。主人公の船頭かつまとめ役の大黒屋光太夫松本幸四郎丈が演じるほか、減らず口でお調子者かつ小心者の水主の庄蔵を市川猿之助丈、バランス感覚がありかつ色男でもある水主の新蔵に片岡愛之助丈、と癖のある役者が揃っている上に、最初は取り柄が無いけど語学力がめきめき上達するコミュニケーション力のある磯吉に市川染五郎丈、一行の世話をする言語学者ラックスマン八嶋智人さん、最長老格の水主である九蔵に坂東彌十郎丈、不幸な事故で言動がちょっとおかしくなってしまった小市に市川男女蔵丈が居て、それぞれの役にはまっていて、見ごたえがあります。

幾ばくかのネタバレをお許しいただきたいのですが、全員が帰国できたわけではありません。そのことについてもきちんと描かれており、たとえばロシアに残留することになった庄蔵の故郷に戻れぬ慟哭を猿之助丈が見事に演じていて、唸らされています。また、染五郎丈演じる磯吉がなぜロシア語習得に熱心になったのかなどにも微笑ましい工夫がしてあります。主人公以外に焦点が当てられることによってそれらが見事に作品に確実に奥行きを与えています。しかしそれらの影響からか、仲間を伊勢に戻そうと苦闘する光太夫役の幸四郎丈の影が残念ながら薄くなってしまっている気がしないでもないです。

ですが、もとのエピソードがドラマチックであるとはいえ長い物語をテンポよくまとめていて、138分はダレることなく正直、あっという間でした。でもって、一行はシベリアを行くのですが、犬ぞりです。当然、そこも再現してあります。マジぱねェっす。なお10月に有料ながら放送があります。

脚本および演出は三谷幸喜さんです。『鎌倉殿の13人』を視聴したあと『風雲児たち』のこと書こうとして書きだしたのですが、多人数に焦点を当てつつ長い物語をダレさせずに動かすのが三谷さんはすごく得意なのかな、と書いてて思わされています…って、三谷作品をそれほど知らないのでこのへんで。