『作りたい女と食べたい女1』

本やマンガをたくさん読んでいる人が世の中に居て、昼間働いているのでそれほど読めるわけでもなく、なのであんまり読んでいるほうではない奴が読んだ本やマンガについて何か書くということに最近若干の抵抗を覚えているのですが、なにも書かずにいるのがちょっともったいないものに出会ったので書きます。

『作りたい女と食べたい女1』(ゆざきさかおみ・KADOKAWA it comics・2021)というマンガを読みました。料理を作るのが好きな野本さんが以前フライドチキンの大袋を抱えていた隣室の春日さんに声をかけたことを軸に物語は進みます。私は性根がひん曲がってるので「フィクションとはいえそんなうまい話あるかいな」などと最初は思っていました。しかし話の展開が巧く読んでるこちらを物語の中へ引っ張り込む力があるほかに、話数を重ねるごとに楽しそうに餃子やおでんなどを作って食してる野本さんや春日さんを眺めてると(ウマが合う人と食べると楽しいという経験がこちらにもあるせいか)第1話で感じていた違和感は確実に些細なことに思えてどうでもよくなってきてます。

いくばくかのネタバレをお許しいただきながら続けます。野本さんは自作の弁当を作るのですが、第一話で勤務先で異性の同僚から貶されるわけではないものの「女性として良い」という観点から言葉を投げかけられます。

自分のために好きでやってるもんを「全部男のため」に回収されるのつれーなー

と野本さんは沈んだ気持ちで腹の底でつぶやくのですが、性別が異なるとはいえなんだか理解できなくもないと思えました。沈んだ気持ちをどうやってアゲさせたか?は是非本書をお読みいただきたくとして。また、春日さんは過去に餃子とライスを食べてるときにそれが邪道であると通を自称した異性から云われた経験を持ちます(5話)。それをどうやって黙らせたかは本書を読んでいただくとして。これらの弁当のエピソードも餃子のエピソードも決して笑える話ではありません。でもこの国では有り得そうだと思えて仕方なく、この作品にいくばくかのリアリティを与えているはずです。食べることを主題にしていますが確実に単純な料理漫画ではないです。

巻末に近い8話では野本さんと春日さんは柔らかい方がいいのか固いほうがいいのかを含め議論しつつ炊飯器でプリンを作ります(詳細は本書をお読みください)。冷静に考えると大人2人がプリンを真剣に作ることはいくらか滑稽なのですが、読んでるうちにこちらに伝染したのか決して滑稽に思えなくなっていました。というか、コスプレを題材にした着せ恋もそうだったのですが「好きなことを追求している人たちの物語は眺めてるだけでも面白い」です。

ただいくつか引っかかった点があります。たとえば作中に仙台味噌が出てきて仙台味噌で焼きおにぎりを作るのですが仙台味噌がどんな味かがちっとも説明がなく、非仙台民なのでそれがどんな味なのか想像がつきませんでした。美味しそうなのはわかるけど作者および登場人物と、読んでるこちらの間には壁が確実にあります。誰もが理解できるような描き方はなされていません。

2巻まで出ているのでそれを読んでから書こうか迷ったのですが、とりあえず1巻は巻末まですんなり読めました。ここを読んでいる人がどれくらいいるかわからぬものの念のため書いておくと、お腹が空いているときには読むべきではない一冊かも。