駿河台男坂

神保町からほど近いところに駿河台というところがあって本郷台地の南端になります。先月も本郷台地について書いた記憶がありますがそれはさておき

台地であることがよくわかる男坂です。上が駿河台で、実際駿台予備校があります。

そばに男坂よりいくぶんみた目がきつくない女坂ってのがやはりあります。

こっちはすべてが見通せません。
男が歩くスピードと女の子の歩くスピードって違うってのは高校生のときにデートしてなんとなく知ったのですが、それくらい同い年でも性によって差があるなら男がすいすいと上っちまう坂が女の人にとってはちときついこと・きついときもあるはずだよなーだから女の人用に坂を作ったのかも、なんて高校生のときにこのふたつの坂を上り下がりしながら考えたことがあります。ところがある日、段数を数えてみると女坂のほうが82段、男坂が73段で、楽なのは男坂のほうだったことがわかります。ああ、名前とか見た目に騙されてはいけないんだな、ということを遠回しに教えてくれた坂です。

男坂を上から。


坂の下は猿楽町や神保町になります。出版社や書籍関係の会社がけっこうあります。私はこの界隈のそばの病院でめがねを作ってもらってて、そのあと中学くらいから坂を下って本を少しずつ買うようになりました。書いててほんとわかりやすいです。となりの秋葉原の病院だったらラジオ工作し、水道橋だったら巨人軍を目指してたかもしれません。で、めがねを得た私は本というのはそばにあっても読まなきゃいけないときに本を近づけて読むものから、そばにあったら自分でなんとなく読むものに変化しました。読んだ中には息苦しい本や悲しい話ってのもありましたけど、世の中そういうことがあるのかな、ってことを10代の間に知っただけでもよかったのかもしれません。知らないことを知る、自分とは違う世界を知る、ってことのほかに、悲しみってものを事前ににおいだけでも知っておき、基礎の一部分を作ったところがあります。そういう意味で、このあたりに縁がなかったら、いまよりもっとどうしようもないやつになってたかもな、ってのがあります。いまでもどうしようもない奴かもですが。


駿台っていうとやはり受験勉強を思い出すんすが、受験勉強の合間に本を読んでました。小説やマンガに限らず物語ってのはそれが精緻にできてればできてるほど、現実をふっと忘れさせてくれるんじゃないっすかね。10代のころからぼんやりそんなことを考えてて、で、本というのはそういう麻薬があって、いまでも命脈を保ってる側面があるんじゃないっすかね。大手出版社が被災地に本を送った、っていう新聞記事をよんで、感覚的になんだかその重要性がひどくわかる気がしたんすけど、錯覚かもしれません。
思春期にえっちな本を買ってたのもここらへんです。度胸がないので地元では買えなかったのです。


その昔、買った本を抱えて乗り降りした

都営地下鉄新宿線神保町駅の現在↑
節電といってもこれくらいの消灯で、いままでが明るすぎたのかなー、と。