創作童話「目」

ご城下に「ご病気を治します」という看板を出した藪医者がいました。実は偽薬を高く売りつける大悪党なのですが不思議なもので繁盛してました。何故って、それなりに腕がたったのと、薬って高そうなものはなんか利いた風に感じるからみたいです。城下で隠れた評判になりましたが仁術なんて有りませんです。そこにあるとき、手下をつれて屈強な一人の男がやってきました。「ごめん」屈強な男は大声で挨拶し、藪医者のところに入ってゆきます。「へえ」藪医者は如才なく「どないしましたん?」と平静を装って応対します。手下が目押さえてるのでたぶん眼病とわかります。
椅子に腰掛けて「実は、ワイの手下が…」と説明をはじめます。何のことは無い。手下の目が見えなくなりつつあるという。手下の飴玉色の目を診察しながら「ほんまや、目の玉がアメのようでんな。晴れててもアメふってるよう、中がくもってるさかいに」と軽口を叩くものの屈強な男は微動だにしない。続けて「こらお困りでんな」と続けます。「そらな、ワイもちと困りもんなんやわ」「どうしてです?あんさんの目や無しに、他人の目でっしゃろ?」「いやな。そのな…」言いよどみながら、事情を話します。実は屈強な男は実は盗人の頭領でした。かくかくしかじか、と理由を説明して、見張り役の手下が目が見えなくなると自分の業務に差し障ると、そういうことのようです。数週前に盗みを犯して銀は何匁目でも出すから、なおしてくれへんやろか?と頼み込みます。銀を何匁でも出す、という言葉に惹かれながらも氏素性を知って躊躇する藪医者をみると、こんどは一呼吸置いて頭領は匕首を手に今度は凄みます「そのかわり、上手くいかなかったらどうなるか、わかってんやろな?」


観念した藪医者は「あんさん、わかりました、任しておくんなはれ!」と胸を張ります。
早速、治療へ。藪医者ながらも多少の知識はあります。手下を秘薬で眠らせて、人払いをして道具を揃えて、手術をします。よくみるとだいぶに悪い状態で腐りかけていました。藪医者の助手が目の下に受け皿を持って来て目をくりぬき、目の玉自体を治して、もういっぺん、入れ直すという手術が考えられます。実際くりぬいて、とりだしたその目は助手に言いつけて朝鮮伝来の薬液に漬けます。出てきたものを、はめ込みますが、こともあろうにこれがちょっとうまいこといかないのです。それができないから藪医者なのですが、頭領怖さに薬液に漬けすぎてたぶんふやけてしまったのかもしれません。試行してるうちにに目の玉がどこかに転がっていってしまったのです。
あ!とおもわず声を洩らして、先生の袖を引っ張る助手。
二人して内心叫びます。目が、なくなってしもた!。エ、エライこっちゃ。向こうには盗人の頭領がいます。暫らく捜したのですが見つからない。どうも裏の木戸を開けといたところ、猫が入ってきて、食べてしまったらしい。みると猫がげっぷをしてまどろんでます。どうもしようがない。かといって頭領に殺されるのは真っ平ごめんだ。



藪医者の頭に妙案が浮かびます。どっかから調達してスペアの目を入れればいいのです。助手に耳打ちし、「で、でも先生…それはなんぼなんでもむりでっしゃろ」ひるむ助手に、ほら、太古の昔から猫の目いうやんか、故に臨機応変にできとるさかいにな、ダイジョウブやダイジョウブや、まかしとき!と叱咤して肩を叩きます。で、まどろんでいた猫を助手に捕まえさせ抱えさせて、猫の目を先ほどのの要領でくりぬきます。これを、何にも知らん手下の目の壷に入れ替えます。と、これが、なぜかピッタリで寸分違わず、合いまんがな!吃驚してる助手を尻目に、はは、ワシって天才や!と藪医者は悦に入りました。手術が終わって手下を覚醒させます。「どうでっか?よう見えまっしゃろ?」たしかにようけ見える。「ほんまや、ようけ見える!見える!せんせはほんまに名医やな」それをきいて唖然とする助手を頭領に見えないように蹴っ飛ばし「わいも男や、困ってる人を見たら黙ってられへんねん。お代はいりません。10日後に、もう一度来とくんなはれ」と宣言します。手下は喜び勇んで頭領に報告し、頭領は思うところあったのか深々とお辞儀して立ち去りました。


10日後の昼間、頭領と手下がやってきました。経過を聞くと前よりよく見えるらしい。「夜でもよう見える見たいやし、重宝してますよ」そりゃ夜目がきく筈です。なんてったって猫の目です。「そうそう、見えてるからかめへんのやけど、みてると目の色がよく変わりますねん」「ほほう」ここでいいづらそうに頭領が切り出します。「しかし、せんせ、もっと、困ったことがありますねん」「なんでっしゃろ?」頭領が手下を見つめ、つられて藪医者も手下を見つめます。すると間をおいて手下が眠そうにあくびをして、手の甲を舐めて鼻の頭にこすり付けました。
「こやつが今みたいに顔を洗うたら、なぜか必ず雨になりますねん」すると、確かに雨がぽつぽつと降ってきました。
呆れながら助手が藪医者の袖を引っ張って、こっそりささやきます。
「カツブシでも処方しときましょか?」


                                 (おわり)

(落語「犬の目」を改変しました。どこが童話やねん、という声も聴こえてきそうですが)