軟弱へんろの記

今年の夏に、36番青龍寺がある宇佐というところまで歩いたのですが、次の札所四万十町岩本寺までおよそ57キロあります。
ほぼ二日です。最初は歩くつもりでいました。
けど、今回この区間は歩きませんでした。
当初歩く予定だった、「そえみみずへんろみち」というルートが高速道建設のため閉鎖されてて別のルートをとうらねばならなくなったのと、体力に不安があったからです。
実は11月の中旬から体力に自信がなくなりかけてて、三日ほど休みを取ったもののはたしてどうしようか、などと考えていました。弱気になって四国行きを中止して、どこか山形とか新潟とかの温泉でしばらく療養でもしようかな、とかです。とはいうものの、やはり四国へ行って、痛みがひどくなったりとかあかんかったら途中でやめて、道後温泉にでもつかろうか、という気持ちになり、それが高じて、とっくに歩きとおすのは既にあきらめてるからバスを一部使って廻ろう、という、軟弱な案になりました。最終決断をしたのは夜行バスにのる日の午前三時くらいでした。
ですから、今回は前回に比べて、かなり軟弱な、観光気分の、へんろらしくない、修行なんて全く意識して無い、そういう巡礼になっちまいました。故に、読まれてもあまり面白くないだろうことを最初にお断りしときます。




一日目11月29日

前日仕事を終えて東京駅から夜行バスに乗ると朝には高知に着きます。
で、すぐきた土讃線の列車に乗り込み、窪川という駅に降ります。
歩くと二日はかかりますが、特急だと70分くらいです。車窓を眺めながら軟弱案をとった自分にちと後悔していましたが、後日機会があれば来ようか、言い聞かせ(たぶんこれなさそうだけど)駅から遠くない岩本寺を目指します

紅葉まっさかりです。どうも写真を撮りたがってる「じゃまなんだよね」という視線を飛ばしていたおじさんは丁寧な参拝をする私の存在は迷惑だったみたいですが、かまってられません。作法は守ります。
ついでにいうと、ここ、不動明王薬師如来地蔵菩薩と観世音菩薩と阿弥陀如来がいますから、「おんころころせんだりまとうぎそわか」、とか「おんかかかびさんんまえいそわか」とか、真言を普通は1つですがここは5つ唱えなければいけません。
ちいちゃな一休さんみたいなのは、霊場共通の、案内板です。どこの寺にもあります。



ここからさらに軟弱ぶりを発揮します。さらに中村まで私鉄をのりつぎ、そっからバスに乗り換え大岐の浜というところを目指しました。一時前です。

ここから歩き始めよう、と決めたのです。
理由は簡単。ここから先足摺岬までおよそ20㌔で五時間弱とふんで、試しにもし時間どうりに歩けなかったら並行して走るバスに乗り、高知へもどろうと考えました。
この大岐の浜は海岸線がへんろみちです。およそ二キロくらいですね。どうでも良いですがこの写真の先、小川があって、靴を脱いで渡らないとまずい場所がありました。冷たかったです。





地理で昔海岸段丘ってやったとおもいますがこのあたりはまさにそれで、海岸段丘の下に平地がなく、海が迫っていて、集落のほとんどが段丘の上にあります。
全く予備知識が無かったのですが、足摺岬というのを台風情報とかで聞くせいか、メジャな観光地と私は勘違いしてましたが、足摺岬にすすむにつれてどんどん道が狭くなり、人家もまばらになってきます。亜熱帯の植物の森が続き、ちと不安になってきました。へんろ姿の人などほとんどいません。
この不安が足を速めたのかもしれませんが五時前には38番金剛福寺についてました。えっと、五時間とふんでたのですが四時間くらいで着いちまったのです。
じゃ、これくらいなら少し冒険しようかな、という気持ちになりました(ただしこれがあとで失敗する遠因となります)。

境内が立派で、庭に気を取られてました。や、みごとでした。


ここは補陀落信仰という、観世音菩薩が済む場所に近いとされている場所です。補陀落を目指して海を渡る補陀落渡海の場所でもあるようです。

亀です。海を渡るのに亀に乗ったかどうかはわかりませんが(説明文を読まなかったのです)。
(えっと、実は山門を撮影するのを忘れてしまいました。いまさっきフォトライフにアップロードしてる最中に気がついたのですが。たぶんそれなりに疲れていたのでしょう)



キチンと調べなかった自分が悪いのですが、足摺岬というのはあまり観光地じみてませんです。あまり食べるところが無いのです。さらに計算違いというか、よく考えれば当たり前のことですが、街路灯がありません。夕方5時を過ぎると急に暗くなり、外は人家がなければ当然漆黒の闇です。肩への負担を考えて懐中電灯すらもってこなかったのが悔やまれます。
素泊まりで予約をしていた宿に投宿して夕飯をとろうとおもったのですが、山門のそばに土産物屋とレストハウスが数軒あったものの、すべてシーズンオフなので食事ができないと宣告されちまいました。一食くらい抜いてもいいんですが、よわったなあ、とおもっていたら、ああ、あそこならやってるかな?と一軒のお店を紹介してくれました。最敬礼でお礼をいいそこへ向かうとなんと定休日です。店の前で途方に暮れていたら運よくそこの主人が居て、よほどなさけない顔をしていたのかもしれませんが、(その主人の)友人の店へ連れて行ってあげるから車に乗りな、との指示。ありがたいことです。ご好意にあまえて軽自動車で少しはなれた山の上の小料理屋に行き、帰りも送るよう言伝ていただきました。
ほんとはそこの自慢料理を摂るべきなのでしょうが、(今回は酒類と)生臭物断ちをしてることを伝えたら、海老と貝柱抜きで野菜だけのかき揚をつくって頂き、事なきをえたのでした。


そこの料理屋からの帰り道わざわざどうもすいませんでした、といったら、最近しょっちゅうこういう送迎をしないとお客さんが来ないのだそうです。土地柄、昼間からお酒を呑む人が多いらしいのですが(つまり漁に出た後帰ってから陽が出てるうちから呑む)、前は呑んでも平気でみんな自動車を運転していたのだそうです。ところが高知県警がかなり厳しく取締りを強化したのがわかると飲酒運転をみんなしなくなり、店まで来てくれなくなりけっこう売上が下がったとのこと。ちと、うーん、と唸ってしまう話です。





二日目11月30日


えっと、旅行に出ると健康的です。9時就寝5時半起床です。急いで支度をしようとおもったのですが、考えてみれば日の出までは漆黒の闇にかわりがありません。仕方ないのでうっすら明るくなりはじめた段階まで待機していました。

よほどのことが無い限り足摺岬なんてくること無いでしょうから、ほんとの岬まで足をのばしました。写真は足摺岬灯台です。荒波が絶え間なく打ち寄せる断崖絶壁の上にあります。で、向こう側がたぶん宮崎とおもわれます。写真には写りませんでしたが、うっすら対岸の、たぶん宮崎のどこかの灯台の明かりとおぼしきものが見えました。ついでに足摺岬では宮崎のテレビが視聴可能でした。

おなじく足摺岬の近辺にある白山洞門という、海水侵食された洞門です。巨大な岩の真ん中が抜けてるわけです。




昨晩お世話になってしまったご主人のところに挨拶に行き改めて御礼を述べてから完全に日がでた7時前には歩き始めました。普通は昨日きた道をもどるのが普通なのですが、それではつまらないとおもい、半島の西側を歩くことにしました。今から考えれば馬鹿なのですが、えっと、昨日なんのかんのいって時速五キロペースなら日が沈む夕方5時くらいまでに40キロくらい進めるかも、と真面目に考えていました。目的地は57キロくらい離れてる宿毛市です。バスが何本かでてるほか最初はここもバスで距離をかせごうとおもってたのですが昨日が調子よかったものですから今日もなんとかなるかもと考えてしまいました。もちろん、途中リタイアも可能と考えましたが。

こういう林道ならよいのですが

こんな急坂もあります。
ですから40キロは無理だ、と、途中で悟りましたが。ついでにいうと、民家の軒先です。そこを歩くこともあります。生活道路をよそ者が歩くわけですから、挨拶は必ずします。向こうも慣れたもので、小学生や高校生おじいちゃんおばあちゃんまで、挨拶はヘーきでしてきます。ちと東京とかだと考えられない光景です。見ず知らずの人とおはようなんて挨拶する光景は。






高知というとなにを思い浮かべるでしょうか。
名産に鰹があります。その加工がどうもこのあたりの主たる産業のようです。ようはかつお節ですね。何箇所か工場を見つけました。写真の籠の中に入ってるのが、鰹です。
かつお節になりかけの、ですが。

これはソウダ節というかつお節の亜種です。
許可を得て撮影しました。つか、興味があって質問したのです。
齧るかい?といわれましたが、生臭物断ちをしてるので、と丁重にお断りしました。
えっと、ほんまに齧ったら、歯が折れるんとちゃうんかな?





足摺岬近辺は見事な森林です。えっと、むかしから魚付き林といって、保護していたそうです。鯵とか鰯とかが実はこの森林の樹影に憩うのだそうです。魚つき林、という漁業組合の立て看板がきになって、これも話しかけてくれた地元の人に質問しました。
ここらへん、好漁場みたいです。
なんつーか、ほんとに私はなにをしに行ったのでしょうか?




歩いていたらサイレンが鳴りました。数日前竜巻があったばかりだったりします。竜巻警報か津波警報か?とかおもいましたが、そのまえに船がどんどん港に入っていくのが見えたので、たぶんセリ市が立つ合図なのかもしれません。
佐清水の漁港のそばでスーパーでパンを買い朝飯兼昼飯を摂ったあと、また歩きます。

海と空と、山しかありません。思い出したようにたまに集落が現れますけど。








ちと休憩をかねて、竜串というところによりました。長い年月をかけて海によって侵食された岩があちこちにあります。
軽い気持ちで行ったのですが、どこを歩いていいのかわからない場所がありました、けっこう。だからなによ?って感じもありますが、見て損はありませんでした。
また、珊瑚の屑が大量にあります。



しだの浦、というところまで来て、バスに乗りました。歩き始めて8時間くらい経過して、33キロくらいのところだとおもいます。
3時半のバスの次が6時半で、終バスです。五時には暗くなるのがわかってて、バス停が短い距離に設置されてるわけでもなく、で、街路灯もない海辺で、漆黒の闇のなか、車どうりも決して多くないところで歩き続けるのはちとやばいかも、という判断です。
バスに乗ったものの、交通量が多くなったところで、まだ歩けるかもと判断して、宿毛まであと6キロと書かれた看板を見てからまたそこから歩き始めます。

海に沈む夕日を眺めながらあるくって、そうそうない経験ですから。



この日は東宿毛というところに泊まりました。ちゃんとした市街地です。ジョイフルというファミレスがあって、そこでごぼうのてんぷらにご飯のセットを付けました。




三日目12月1日

やはり朝早く起床。市街地なので多少暗くても行動を開始しました。ただしべらぼうに寒かったです。
高知県最後の札所39番延光寺を目指します。

朝日がさすなか、ひたすら歩きます。
今回あまり他のおへんろさんにあわなかったのですが、延光寺へ行く途中、たまたま出会った関西から来てる同じ年ぐらいの男性と歩いてました。土佐阿波の二国打ちで、互いにどこがつらかったかで盛り上がり、やはり夜間暗闇のなかで歩くのが怖い、という点で一致しました。二人とも都会育ちだったからでしょう。彼は足がはやいので途中から先行してもらいました。




39番延光寺です。
赤い亀が鐘をのせて竜宮城からもって帰ってきたとかいう鐘がこの寺にはあるそうです。故に赤亀山延光寺ともうします。浦島太郎というのははたしてどこの民話だったか全く記憶が無かったのですが、ここらへんなのでしょうか。そういや珊瑚がけっこう採れるのです。このあたり。
ここから次の札所まで30キロ弱あります。今回札所から札所まですべて歩く唯一の区間だったりします。
次の札所へ向かう途中、ヤンキーなり賭けなのか、ちょっと茶髪の高校生にオハヨウゴザイマス、と声をかけられてちょっとびっくりしました。人を外見で判断してはいけませんです。




土佐、伊予の国境の山の中をどんどんすすみます。

高知県「修行の道場」を終えて、愛媛県「菩提の道場」に入ります。菩提でっせ?つまり仏の悟りでっせ?大丈夫なのでしょうか?
というか、私は根性なしで、今まで鉄道やバスを途中で使っています。はたして修行になったのかわかりません。強いていえば、鰹を喰わず、肉を喰わず、の生臭物回避を徹底してみたくらいです。
そもそも何かを得ようというつもりで四国を廻ってるわけでなく、ひょっとしたら何かを得ようっていうのが実は間違ってるのかな?と、常におもっていました。
えっと高知では、東京から?えらいねー、とか云われたりしたのですが、歩いたりとか、遠くから来ることがえらいかというと、それは必ずしもえらい事ではない気がするのです。足が悪かったりとか、都合がつかずに車や団体で廻る人も居てるはずで、歩くのがえらいとか、四国以外から来るのがえらいってのは、ちと違うんじゃないかな?とはおもっています。そこらへんに気がついただけでもいいのかもしれませんけど。
で、愛媛が終わる段階で何を考えているか、ちっとも予測できませんけれども。




峠を越えて愛媛県愛南町です。たぶんこの日も30キロ以上歩いています。
40番観自在寺です。山門にぶら下がってるのは、草鞋です。

山門で礼をすると、すれちがった人に怪訝な顔をされました。山門は結界でして、向こうへ入る入り口です。したがってほんまは挨拶しないとまずいんですけど、しないです、団体さんとかは。別にしなくてもかまわないとはおもいますが、じゃ、何しに来てるんだろうこの人たちは四国まで、とか、考えちまいます。そういう私も作法は守るものの実は白装束の白衣をつけておらず、金剛杖もつきません。代わりに白いシャツとかタートルネック姿での巡礼で、向こうからすると一体何しに来てるんだろうコイツは?見たいな目をされてる可能性大ですが。

街中にある、静かな佇まいの札所です。
今回はここで打ち終えることにしました。つか、次の日から出勤です(泣)
たぶん私の今回のような行程は人によっては笑われるか、怒られるか、呆れられるかのどれかかもしれません。えっと、けど、どこかでなんとなく、四国に行くことによりバランスをとってる自分がいます。アツいお風呂に入って疲れをとるみたいな感じでしょうか。次、何時これるかわかりませんが、できれば早く四国へ行きたいものです。



最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
寺を参拝しなくてもいいので、もし機会があったら高知県西部はお薦めかもしれません。もし、旅行に出ることを躊躇してる方がいらっしゃったら、行ってみてから悩めばいいとおもいますです。

特急で宇和島から松山に出て、松山から帰京しました。