『ゆびさきと恋々』1話を視聴して

東京ローカルのMXは夜遅くにアニメを放映していて、先日、ほぼ偶然『ゆびさきと恋々』の1話の途中を視聴しました。

ヒロインである雪さんは聴覚障害があり、しかし外観からはとうぜん判別できず、なので電車内で尋ねられ、結果として尋ねてた相手の質問の趣旨がわからず困惑していました。あ、どうするのだろう…などと他人事ゆえに眺めていたら同じ電車に乗り合わせていた雪さんの大学の先輩である逸巨先輩が助け舟をだし、その問題は解決します。雪さんが謝意を述べようとして逸臣先輩の目を見ながら手話で話しかけるのですが逸臣先輩は手話が理解できるわけでは無く、それに気が付くと雪さんは文字による意思疎通を試みようとスマホを取り出そうとし、しかしそれを逸臣先輩が制して発話時の唇の動きで意思疎通しようとし、結果そこそこ巧くゆきます。

上記のシーン、書いてしまうとどってことないのですが・詳細は是非本作を視聴していただきたいのですが、発話や音声による意思疎通に困難があるときでもなんとかなるのかという個人的発見があると同時に、諦めずに二人とも事態を打開しようとしてるのを眺めていて「なんかすげーもん目撃してるのかな」感があり、その場を動けなくなっています。いつものように話が横に素っ飛んで恐縮なのですが、以前宮崎駿監督が「自分が好きな映画はストーリーで好きになったのではない、ワンショットを見た瞬間にこれは素晴らしいって思うんだ」って述べていて、ワンショットではないものの、そのシーンはちょっと素晴らしいと思えたので「このことだったのか」感が。

もう幾ばくかのネタバレをお許しください。

1話では雪さんに唇の動きで意思疎通しようとするときには逸臣先輩は雪さんの目をずっと見据え、時には(声をかけても振り向いてもらえないのは自明の理なので頭をつかんで自らのほうに向けるという)強引な手段で目を合わせています。それを見ながら歌舞伎では云いにくいことを目を伏せながら述べることがあることを想起してて、ああそうか、目を見るということは話しかけてる相手はあなただよ、という意思表示なのか、と改めて気が付いています。とても些細なことなのですが発話や音声による意思疎通の無い世界ゆえのその動きの重要性をきちんといちいち表現していて、唸ってしまっています。

2話からは録画して視聴しているのですがそこでオープニングを眺めてああこれは原作は少女マンガなのかと気が付き、いい歳したおっさんが録画してまで視聴して感想のようなものを書くのはキもいかなと思いつつ、匿名を奇貨として書いちまいました。もっともアニメをたくさん視聴してるわけでもなく感想の書き方とか知らないのでこのへんで。