いちばん最初に落語をちゃんと聴いたのは質屋蔵という作品でたぶん歌丸師匠のものをテレビで流してたのです。なんでそのときそれを聴いてたかは覚えてないのだけど、30分程度のそれを聴き、落ちは道真公の短歌を知ってないとてんでわかんないのですが、わかるひとだけわかればいい、わからない人はしゃれのわかんねえやつなのだ、という落語の一部分が持つ構造を知ってカルチャーショックをうけたのですがそれはともかく。


これもまたなんでそんなものを観てたのか全然覚えてないのですがずいぶん前に勘三郎襲名前の中村勘九郎丈の番組に立川談志師匠がでていて、そのときに文七元結の解釈の話をしていたのです。文七元結はもとは落語で、でも歌舞伎の演目としても定着してるので談志師匠が出てたのかもしれません。その中のある1シーン、隅田川吾妻橋を前に預かった金50両をすられてすっからかんになって、悲嘆にくれる・身投げしようとしてる若者の前に、自分の娘が吉原へ行くことで工面してくれた50両を懐にした主人公が現れる場面でのことについて釘づけになりました。若者を止めて話を聞くんすけど、そこで呻吟の挙句、50両ぽんと渡しちまうのです。ああ観音様でもこんぴらさんでも帝釈天でもいいからよ、娘やおれが達者であるように祈ってくれればそれでいいから、っつって、名前も知らせずに渡しちまう。その場面のことを「これはねえ、交通事故なんです。交通事故に遭ったとき、人はどう動くか、見捨てることができるか」と解釈しててそれをみてなんかこう、いくつも腑に落ちることがあって、前からその言葉だけを知っていた「落語は人間の業の肯定である」というのがやっとわかったんすよね。できた人間じゃないから、50両をポンと渡せない。呻吟する。でも、渡しちまう。さらに相手に負担にならないようにかわりに代参を頼んで、さっと消える。金を借りるしんどさを知ってるから、負担にならないように、っていう粋・心意気がまた印象深いのです。この主人公、自分の娘が吉原に身売りしてるのに、平気なはずがないし狂気の沙汰なんだけど、その狂気が理解できたんすよ。談志師匠の「交通事故」ってので。で、交通事故って深い問いかけで、目の前に同じことがあったら、あんた、どうするよ?っていう問いかけなんじゃないか、と思ったわけです(少なくとも私は)。さらにそういう場面でも呻吟してもいい、それがむしろ人間なんじゃないの、というのもキモだと思うのですが。



この談志史観というか、ものの見方、てめえだったらどうするよ的な行動の基本原理みたいなものが、いつの間にか入っていたりします。なんかこう江戸の落語の世界へと、初心者をぐっと近寄せてくれて、目を開させてくれた意味で、影響を間接的にうけた人なので、訃報を聞いたら、惜しい人が居なくなった感がすごくあります。