前戯と会話と(一部補充)

真剣勝負のようなときがあります。つか、しょっちゅうです。指先で触れるか触れないかの微妙な強さで身体を慎重に触っていきます。相手の反応を見て考えて次のことを考えたりします。逆に先方からのまさぐりにも応えてきちんと対応しなきゃ、先方もつまらないでしょう。「あんたどんだけ前戯が好きなんですか」と、馬鹿にされそうだけど、重要だとおもうんすよ。つか、相手が楽しければこっちも楽しい。相手が嬉しければ、こっちも嬉しい。相手が判れば、こっちも判って貰えやすい。


前戯だけじゃなくって、会話もそうだとおもうのです。反応がなかったらつまらない。一方的なものとか、おざなりなものはつまらない。マグロってどこか、最低だと思う。
セックスの場合やるだけなら張り型を入れるか羊のケツに突っ込んでればいいわけで、それじゃ満足できないから前戯の必要な相手が欲しいのです。人形に話すだけじゃ満足できないから、人に話して判ってもらおうとする。そのためにはできれば努力を惜しみたくないな、といつからか考えるようになりました。(前戯を要求すると)淫乱と思われることはどこかイヤですが、根はスケベであったりします。会話でも前戯でも興味を持った人に対して理解したいと思います。理解されたい、とおもってしまう。
前戯が上手い下手は別論として前戯でも会話でも気分よくしたいとか理解したいという気持ちが相手に伝わる事が何より大切だと思うし、理解したいと思ってる人の前で自らをさらけだすことは恥ずかしくなかったりします。反応があったりや自分の見解や考えが理解されることは自分の快感であったりするし、もっと知りたいとどこか思ったりします。


浅ましいのかなあ。