模索1

爆笑レッドカーペットっていう番組があります。偶然ちらっとみたのですが、赤いカーペットの上の笑うセレブの映像を見て誰か当てるという番組ではなくお笑い芸人がオリジナルのネタを1分間程度見せ、ネタが終わると足下のレッドカーペットが動き出演者は脇に強制移動させられその出演者に対して評価をつけるっていう番組です。ちら見して個人的に衝撃だったのは(15秒CMで笑わせられることも多いので1分というのはそれほど短くない気もしますが)1分間程度でわかりやすく笑わせなきゃいけないのか、っていうことだったりします。そもそも1分って漫才でも落語でも普通は「はなしのマクラのきっかけ」ぐらいです、って書こうとしたのですが、こういうこと言い出す私の感覚がそもそも相当古いのかもしれません。
世の中、短かさを求められてるのかも。
そういえば今年に入ってからブログの書き方というのを教えてもらったことがあって、読む人のことを考えて記事は短めにして長いときは「続き」に書いて表だけでも短くする、というやつです。短いほうがいい、ってのはスカートぐらいしか聞いたことなかったのですが、ブログもそうなのか、と聞いたときは目からウロコだったんすけども。そのウロコを落としたまま右往左往してるうちに年末にきちまってたぶん記事はぜんぜん短くなってません。世の中の流れにまったく棹さして生きてます。


でも、短いほうがいいってのはそうだよなー、とおもうこともあります。なにかの気の乗らない説明なんかそうで、ニコニコしながらはよ終わらんかな、と内心思うことがありますし、下品なこというと上にのっかる人がヘタだったときも、はよ終わらんかなー、と思ったことがあります。
余談ですがなんでそれらにイライラするかっていったら簡単で、その人の行動の速度と自分の行動の速度があわないからでしょう。えてして人間は自分と違ってる速さを持つ人間にイラつきます。説明も「あるべき自分の理想の説明の速さ」に他人が従わずに合致しないからいらつくわけで。ほんと下品なたとえで恐縮っすけど、本人は前戯をしっかりやってるつもりでも相手が内心で「そこじゃねー!」とか「もっと下!」ってときに、つまり自分の想定していた前戯の速さと現実の相手の前戯の速さの違いにイラつきやすい。で、速さの違いにイラつくのでは、っておもうのです。
ただ他人に合わすってのはほんと一筋縄ではいかないわけで、難しいことだよな、と思います。


あるシステムが複雑なときそのことに対して何か問われて答えようとするとやたらと細かくなる可能性があります。手短にしようとしても短くするとぜんぜん説明してないのと同等ってこともあって、短くすることが困難なときってあるんすよ。
また、個人的には噛み砕いて説明をしたつもりなんすけど、たまに「難しいことはよくわかんない」と前置きして「私はこう思う」とだけいって感想を答えて会話が成り立たないっていうことがあります。


ずっと抱えてる疑問でもあるのですが、簡潔に短く、けど正確に相手に伝えるってのはどうやったらいいのか、ってのが正直判らなくていまだに模索しています。