「卵嫌いが直面したオムレツとスクランブルエッグの二択」的な問題

政治と野球の話をは止しておいた方が良いと知りつつ、ちょっとだけ。

ナチスの時代にドイツでは、治癒できない患者を安楽死させる権限を医師に与えててガス室送りにしたことがあります。限られた資金や医療スタッフをどうやって生かすかという視点から、社会全体のためにという理由で生命を二分して優劣をつけて異なる措置をしています。さらにナチスの場合「優秀なアーリア人を残す」ことや「最優秀な人種の繁殖」というのを社会全体のために「国家がしなければならないこと」というふうに根っこでは考えて実行し、優劣二分のうち劣るとされてしまったロマやユダヤ人をガス室送りにした事例は有名かもしれません。有名ではない事例では優秀なアーリア人を残せないので男性同性愛者というのはナチスの手によってドイツ国家の維持を妨げる存在として規定され、ドイツ刑法の175条を厳格化してして場合によっては社会全体のために強制収容所行きになってます。
何年か前にある党の代議士が「LGBTは生産性が無い」から行政支援について予算をつけるべきではない、っていう発言をしています。飛躍を承知で言うと個人的にはやはり人間を二分したナチスの政策を想起しました。なんらかの基準で二分して、つまり「生産性の有無」であるとか「子を産む産まない」で、政策的に行政の費用に関して差をつけるべき、というのは世界史を知ってたらたぶん絶対口にしないはずで、それらの発言は別に自由なんだけど(この国はどんな思想であろうと発言は自由であるべきです)、発言した人は単に世界史の教養がないか、ガチでそういう思想を持っているか、どちらかなんだろうなと推測します。その発言をした代議士は今回の選挙である党で比例上位で優遇されていて、私はその党には当然投票しようとも思いませんでした。なんのことはない、私はどちらかというと生産性が無いといわれちまうほうだからです。

じゃあ、ほかの党に入れようかと思ったら、投票日直前に断片的に出てきたのが「多様性の統一」という難しい言葉です。私はバカなので・あたまが悪いので、最後まで理解できぬまま投票日を迎えてます。(私が性的マイノリティで多数派と異なるところがあってその小異をどうしても放棄できないところからくるものなのですが)些細なことであってもその些細な小異を許容する・許容しながら相互に存在するのを多様性と想定していたのですが、統一という言葉には小異を捨てるように促されてるようにとれ、小異を持つほうからするとかなり抵抗があります。こうなってくるとこっちへ投票しても地獄に思えてきて、棄権も直前まで本気で考えていました。もちろん別の争点もあるのでそこらへんを含めて棄権はナシかな、と思い直して投票しています。

どこに投票したかは横に置いておくとして、私が住んでる街を含む選挙区は事実上二択で、卵嫌いなのに「オムレツとスクランブルエッグのどちらかを選べ」といわれるのと同じくらいにキツかったです。どちらも選択したくない場合の二択はどうするのが正解なのか、ほんとのところはよくわからなかったりします。

政治オンチのがバレそうなのでこのへんで。