人って間違うのではないか、という疑問からくる雑感

勤務先にはヒヤリハットを含めた失敗事例集のようなものがあります。失敗した人や関係者が書いた反省文というかネガティブな事例集と云ってもいいのですが、失敗の詳細と「なぜそうしてしまったか」について書かれていて、閲覧の許可をもらったことがあってもちろん内容は社外秘ではあるのでここでは書けませんが、なにかしら事象が起きたとき「なぜそうしてしまったか」という解明が大事なのかもな、と腑に落ちています。他の会社がどうであるかは転職したことが無いのでわからぬものの、似たような事例集を直前までだれかが閲覧していたのかある病院の検査室の机で見かけたことがあってあるところにはあるはずです。でもって、人ってわりと間違うのではないかと思っています。別に人差し指と親指でLを作れるほうがLと外す前に実際に確認するようになる前はコンタクトレンズのLとRを間違うことが多かったことを正当化するために書いてるわけではありません…って書かんでもいいことを書いてる気が。恥かきついでだから書くと間違いはおそらくゼロにはできませんが、ゼロに近づけることはできます。卑近な事例で恐縮ですがコンタクトレンズのLとRの間違いを左手でL字を作ることができるほうが左、と確認するようになってから間違いを減らしています。間違いを減らすのは確認が大事です。確認しないから思い込みでやっちまって間違うわけで。

話はいつものように素っ飛びます。

東京ローカルな話で恐縮ですが、性の多様性について教育の中で教える必要性について疑義を呈する趣旨であり得ないと断ったうえで「LやGが足立区に広まってしまったら、子どもは1人も生まれない」と発言した区議さんがいて、性の多様性を教えて「もしかして自分は該当するのではないか」という人が出てきてもおかしくはないのですが、全員がそうなるというのは考えにくいです。確認すればわかることですがもちろん性の多様性を教えてる国で子供が一人も生まれないなんて事例はないわけで。確認すればわかるような実際に起こりにくいことを公言して煽ることに関して個人的には鼻で笑って軽蔑こそしますが、(それこそ思想統制になるので)考えてることを公の場で口にすることは別に誰も阻止できません。ただその後発言を反省して撤回した旨の報道が流れてて、おそらく公式の議事録からも消えるはずですが、私は頭が悪いのでやはり気になるのは「それでいいの?」であったりします。

(私が人は間違うのではないかという疑念を持ってるだけで説得力はないかもしれませんが)人は間違うという仮説に立つとき、「なぜそのような発言をしたのか」や発言がどのように妥当でなかったのかであるとか分析なり記録を残した方がご当人が次は間違わないために・別の人が間違わないために、実は大事なのではないかとか考えちまうのですが。そう考えるのは私が民間出身で失敗事例集を読み込ませてもらった経験があるからで、もしかしたらそう考えるのは少数派かもしれないのですけど。

偉そうなことを書いていますが、(正確に書けば失敗ですが)間違いの類は先週もやっちまってます。炊飯器をオンにし忘れててしばらくたってから気がつき、炊飯器のスイッチとメモ書きしてマグネットで冷蔵庫を開けるときに視野に入るようにしています。しばらくしたら捨てるつもりですが、間違いとかの類って直視するのこっぱずかしいですね。