「玉、砕ける」と香港情勢

何回も引用しているのですけど開高健さんの「玉、砕ける」という短編小説があります。イギリス植民地時代の戦後の香港で食事しながら友人に

白か黒か。右か左か。有か無か。あれかこれか。どちらか一つを選べ。選ばなければ殺す。しかも沈黙していることはならぬといわれて、どちらも選びたくなかった場合、どういって切りぬけたらよいかという問題である。二つの椅子があってどちらかにすわるがいい。どちらにすわってもいいが、二つの椅子のあいだにたつことはならぬというわけである。しかも相手は二つの椅子があるとほのめかしてはいるけれど、はじめから一つの椅子にすわることしか期待していない気配であって、もう一つの椅子を選んだらとたんに『シャアパ(殺せ)!』、『ターパ(打て)!』、『タータオ(打倒)!』と叫びだすとわかっている。こんな場合にどちらの椅子にもすわらずに、しかも少くともその場だけは相手を満足させる返答をしてまぬがれるとしたら、どんな返答をしたらいいのだろうか。史上にそういう例があるのではないだろうか。数千年間の治乱興亡にみちみちた中国史には、きっと何か、もだえぬいたあげく英知を発揮したものがいるのではないか。

開高健ロマネ・コンティ・1935年より「玉、砕ける」 (文春文庫1981)

 という問いを投げかけます。小説の中では香港の友人は問いに答えません。代わりに小説家の老舎に革命後の文学者の生活について老舎に問うたとき、老舎はそれに答えず中国のとある街の田舎料理について3時間にわたりどんな味か・どんな鍋か・どんな泡がたつか詳細かつ生彩に模写した、という話をします。きわめて暗示的であった旨が書かれてるのですが、小説の最後では老舎の死について触れられています。

上記の本を私が読んだのは高校生の頃です。そののちセクシャルマイノリティを自覚してゆき、幸いなことにシビアな状況の中で問われたことはありませんがいつか問われるかもしれない自分の問題としてどう答えるのが妥当な解なんだろうか、というのをずっと抱えています。老舎に倣って正確に詳細に見ることが大事なのではないかとかしんどい問いに直面したときは無理に問いに答えることを考えずなにか別のものを堪能してやりすごすというかそちらの方が大事なのではないかとか、でも沈黙せず答えないという態度は結果的に銃殺されてしまうかもですがその間は生き残ることができるよなとか、考え始めると思考は散らかります。でもいまだ妥当な解は見いだせていません。ちょっと書き難いことを書くと老舎は紅衛兵に殺されたとも自殺したともいわれてるのですが、典故として毛沢東語録を人々は引用し、美辞麗句が氾濫し、自分の感覚でとらえた事実を描き出す模写は疎んじられていたことなど文革当時のこと知ると老舎の態度は状況的にやはり無理があり、どちらの椅子に座らずに生き残る方法などおそらくなかったのだ、ということも理解しています。

でもどこか、解があるのでは・解があって欲しい、と思っちまうところがあります。もちろん自分の問題としてというのはあるのですが、文革当時の中国と異なるのもののいまの香港の状況は上記の問いに限りなく類似してる気がしてならないからです。

働きながら大学を出て社会人になっても労働を優先してますから、本はたくさん読んでません。だから文学に触れることよって広がるであろう知識や人としての幅は狭いです。なので読書を語るとき・はてな今週のお題が「○○の秋」なのですが読書の秋という文字を前にすると、妙に劣等感を感じ、どこかそわそわします。と同時に、今年は香港をめぐる状況が私が抱えてるずっと解がわからない問いに類似している気がしてならず、また世の中には私の知らないフィクション・ノンフィクションがたくさんあるのですがその中には妥当な解があるのでは?と思えてならず、その解を探せと誰かから問われたわけでもないのだけど、今秋は劣等感のそわそわのほかに妙に焦燥感があったりします。なのでいつも以上に本を読めてませんっていつもそんなに本を読んでいませんが。

読書って主題によっては結果的にあとまでひきずって正常でいられなくなるときってありませんかね?ないかもですが。