無くても生きてゆけるけど

これから書くことは大人の書く文章ではないです。

なんべんか書いてるのですが1月から3月までMXでやっていた青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ないというアニメにはまっていました。見逃した回もあったのですが、BS11で7月から再放映されてるのを知って未録画回を補完しています。原作を買いもとめ映画まで見に行っています。ここまでのめり込んだのははるか昔にやっていた名探偵ホームズ以来です。いい年してアニメにのめり込むのはこっぱずかしいのですが、理由を問われれば「やりたくないことはやらない、やらなきゃいけないことはやるしかない」という主人公の姿勢に好感・親近感を持てたのと、複数の登場人物に過去の自分を抉られたのと、SFじみたところがありつつ量子力学をふくめつつ事象に腑に落ちる説明があった点、読めないといけない空気に関して空気を読む人間は当事者ではないから真偽は関係無いので真偽関係なくその場を支配する空気を読んでしまう怖さなどの点もきちんと描かれていたことが挙げられます。でもそれら理由よりも「どうなるんだろう?」という物語を追うのに夢中だったというのがでかかったです。国語の教科書に載っていた狂言の附子をえ?どうなるの?どうなるの?と読んでしまった時の快感に近かったです。

物語というものがなぜこの世に存在しているのかなんてのはわたしは文学に疎いのでわかりません。無くてもかまわないかもしれませんし、生きてゆけるはずです。でもわかることを書けば物語は人を夢中にさせとらえて離さないことがあることはわかります。だから人々は有史以来附子を含めて物語を紡いできたのではないかな、と。40過ぎてアニメを通して物語の持つ魔力を改めて思い知りましたが、映像の物語ならなおさらなので、ゆえにアニメが多く作られてるのだろうな、と。

話はいつものように横に素っ飛びます。

理不尽な事件で多くの命が奪われた六地蔵のアニメの会社の作品は毎日新聞にあげられていたものだけでも複数は知ってて、でも一作も視聴していません。だから何かをいえる立場にはありません。ただ制作された作品に熱中していた人は知ってて昨今のおのれのアニメ体験をあわせて考えると、おそらく人を魅了する物語・映像作品を作っていたのだろうなあ、というのは推測がつきます。きっと平坦な道ではないとは思うのですが・なにか言える立場にはないのですが、願わくばぜひとも再起して人々を夢中にさせてほしかったり。人は物語抜きで生きてゆくこともできるけど、でもないより多くあったほうがずっと良いはずだと思うのです。