霞ケ関駅にて

昨日のことなんすが。
東京の地下鉄でも平成に作られた副都心線とか大江戸線はわりとバリアフリーが考えられているのですが、昭和の頃のものはそれほどでもありません。たとえば日比谷線はわりと考えられていません。霞ケ関駅で丸の内線から日比谷線に乗り換えようとすると階段をつかうのですけど、そこにはエスカレータもなければエレベータもありません。ベビーカーを押していた若いお母さんが1人で途方に暮れていて、そこに通りすがってしまったので無視するわけにはいかないよな、と考えて、日比谷線ですよね?おろしましょうか?と尋ねて、日比谷線ホームへベビーカーをおろしました。
一日一善、めでたしめでたし
って、ここまで終わればカッコイイのですがちゃんと書いておくと、つきあってる相手が同性で子供もいませんからベビーカーがどれほどの重量かを恥ずかしながら知らずにいて、持ち上げたら、いまのベビーカーってえ?マジ?っていうくらい想像してたのより重い(おそらく荷物もあったのかも)。半分くらい降りたところで「ああああ、まだ半分ある」と焦りつつ顔には出さず、残り三段くらいが一番きつかったものの、赤ちゃんの安全を第一にゆっくり階段を降りて行きました。すぐ築地方向への電車が来たのであいさつもそこそこにベビーカーを引き渡してその場を離れたのですが、なんだろ、世の中のお母さんって大変だなあというのと、バリアフリーの重要性を改めて思い知りました。
幸いなことに今日になっても筋肉痛にはなっていません。でもちょっとショックで、腕の筋肉をつけたほうが良いのかな、と自覚しました。