連休中に出かけていました。
【富士山五合目】

よく「バカと煙は高いところに上りたがる」といいますが、バカなので山梨県側の富士山の吉田口五合目へ。冠雪と雲の境目があいまいになっちまいましたが、五合目から山頂方面の眺めです。

五合目には富士山小御嶽社という神社があってそこだけ平らで、富士山の周辺にある浅間大社ではないのはなぜなのか気になったので、山梨県の施設で伺ったら小御嶽社のあるあたりはもともと富士山ではなく、富士山の元になった40万年前の小御嶽という火山の頂上が吉田口五合目にあった名残なのだとか(いまは活火山ではありません)。ついでに書いておくと富士山は10万年前で、あたらしめの火山です。私の義務教育の頃は休火山とならったのですがいまは休火山の概念は今はなく活火山として扱われ、ちゃんとハザードマップもあります。写真見て気がついたのですが、松林が見事なくらい同一方向・頂上方向に枝が伸びてますね。

六合目への登山道をちょっとだけ冒険してきたのですがしばらくゆくと森林限界で頂上から降りてくる風がかなり強く

そのせいかダケカンバ(かシラカバか見分けがつかなかったのですが)、まっすぐには植わってません。さらに火山灰の土地なのでもろく、溶岩以外の土壌が薄く崩壊しそうで、根っこの土壌にコケ類等の植物があるせいでダケカンバ等が踏みとどまってるのはよくわかる場所があったり。過酷な環境というのがよく理解できます。

でもって下界を見下ろすと山中湖方面なんすが霞んでしまってなんだか残念な眺望。ちなみに山中湖は富士山から噴出した溶岩が川をせき止めてできた湖です。
精進湖周辺】
連休後半の初日ということもあったのですが、河口湖から富士宮へ抜ける国道がかなり渋滞していました。

のろのろ運転の国道の渋滞の中から撮影。左が富士山側で、右はもともとの御坂山地とよばれる山脈です。右の御坂山地の傾斜以外はおそらくすべて富士山の中腹火口からの溶岩流出によって形成されたものと思われます。もともと「せのうみ」と呼ばれた湖があったのですが、1200年前の噴火で溶岩が流れ着いて埋まり(「せのうみ」は精進湖と西湖になり)そこに原生林が広がったのですけど、根っこが溶岩ですから樹木は深く根を張ることができず上にのびようとしても不安定になって自然淘汰がはじまり高木が生き残れないのでほぼ同じ高さの木が連なるようになって(とくに中央の平坦なところ)、原生林が海のようにみえたので「樹海」です(諸説あり)。のろのろ運転じゃなくちゃ気がつきませんでしたから、なにが幸いするかわかりません。

のろのろ運転の車から、もう一枚。樹海の中は落葉樹と針葉樹が混在しています。

手前が精進湖で、その向こうに雲がかかってる富士山にかけてだらだらっとひろがってるのが青木ヶ原樹海です。再開したブラタモリを視聴していていつだったか溶岩の上はなだらかである、というのが印象に残ってて、ううむなるほどなあとあらためて再確認しました。

精進湖の別のところから撮った写真です。左が富士山側で、1200年前の噴火で「溶岩が湖に侵入した」という説明が目視して「ガッテン!」できそうなところ。1200年前の噴火というのは東北の地震でもたびたび名前が出ていた貞観の頃で、東北で地震があって甲州で噴火ですから、けっこう大変だったのかも。
富士宮
予定よりだいぶ遅れて夕刻に富士宮へ。

富士信仰とかかわりがある富士山本宮浅間社へ。

藤棚もあったんすが、もしかしてフジにひっかけてるのか。

浅間社の本宮のそばにある、いわゆる「マッタンガイ」(末端涯)の成れの果て。貞観の噴火のものではないはずですが、溶岩の末端です。けっこう離れてる場所でも流れ着いてて、富士山というのはやはり火山なんだなあ、というの改めて認識できます。
三保の松原
翌日は清水へ移動。最初に訪問したのが

三保の松原という景勝地です。
昨日さんざん富士は北側から眺めたし、そもそも東京から富士というのは中央快速線からしょっちゅう眺めることができるのですけど、砂浜があって海があり白波がたち、必要に応じて植えられてる防風林・防砂林としての松林があり無駄はなく、その先に富士というのはほんと銭湯の絵画のようなよくできた・笑えてくるくらいベタな構図でなんかこう優等生過ぎて文句の付けどころがないのですが、一見の価値はあると思いました。太宰治という人は東京から見た富士山のことをクリスマスの飾り菓子呼ばわりし、近くにいけば富士が良いなら布袋様の置物でもいいはずだ、とかぼろくそに云ってるのですけど、内心そのとおりだと思いつつ、あのかたちでないとおさまりがつかないのかもしれません。人はおっぱいとかおしりとか鎖骨とか曲線に惹かれるのではないか・安心するのではないか、というのが上を通過する人の持論なのですが、曲線ばかりで構成される三保からの富士を眺めてるとわからないでもなかったり。

この海岸で漁師が羽衣を見つけて持ち帰ろうとしたら天女が現れて返してくださいと言われたけどなかなか返さず、舞を踊ったらという条件付きで返した羽衣という名前の説話があるんすが、ずっと気になってるのですが、この意味するところはなんでしょう。世の中タダでは済まさない・とかくこの世は世知辛いってことなのか。意味なんて脳内で整理するためのツールに過ぎませんが。

不思議なことに貸切状態に近く、頭上をたまにとんびが舞う・たまーにランニングする人とすれ違うくらいで、人とはほとんど逢いませんでした。それほど有名な場所ではないのかも。
東海大学海洋科学博物館
三保の松原のそばにある、海洋科学博物館へ。

高速で泳ぐイワシの群れの展示や

シロワニ(というサメ)が泳ぐ大型水槽があるほか、清水という立地からか駿河湾に関する展示が充実しています。

ハタとか

ウマヅラハギ、といったところから

暗くて恐縮ですが(静岡が漁獲高日本一)のタカアシガニほか、深海に棲むものまで網羅していました。

黄色い枠があるような魚が泳いでいますが、アケボノチョウチョウウオという熱帯魚なんすけど、今回はじめて知ったのですが駿河湾には熱帯魚が8月から冬にかけて熱帯の海(not熱海)から黒潮に乗って来るのだそうで。でもたいてい越冬できなくて死んでしまうらしかったり。

駿河湾そのものの紹介もしてあって駿河湾はけっこう深く、最深2450mに達します。また海水も均一ではなく、富士川河口などでは塩分が薄い沿岸水、黒潮などから分かれて流れ込む(若干高塩分の)外洋水、外洋水の上にあり沿岸水と外洋水の混合水、沿岸水や外洋水より下部にあり塩分が(なぜか)薄い中層水、中層水より下部にある深層水の5種がある、という解説がありました。海水ってひとまとめにしがちですがあたりまえのことなんすけど、うむ、差異はあるんだなあ、と。

水温もしくは塩分の異なる海水を上下に置いた場合に小さな力をかけると、どうなるかを説明した展示です。分離します。で、海水面では波がたっていなくても・凪の状態であってもきっちり内部では波があり(内部波という)、波は気圧の変化や潮の干満などで引き起こされます(どうも魚類の生態に関係があるのでは、という説もあります)。こういう基礎的な説明はちょっとありがたかったり。
時間をかけて見学したのですがなかなか興味深い展示がいくつもありました。
ギフトショップには土産にさかなクンの帽子があって、それを買って帰ろうとしたのですが、それだけはやめてくれと止められたので、買わずじまい。
【清水】
清水はマグロの水揚げでも有名で、

マグロも食べてきました。美味かったっす。

2日ほど遊んで・リフレッシュして、東京に戻りました。