Stay Foolish

「第九」のレコードをひっくり返さずに一気に聴けないか、ってんでCDができた、っていう都市伝説をきいたことがあるんすけど、当時のソニーはLP盤があっても「やってみよう」ってんで、やっちまったんすけど、会社とか企業に必要なのは、実は失敗するかもしれないことに金をかける勇気なんかなあ、と思うのです。その勇気を兼ね備えてるのが「カリスマ」なのかなあ、と。前はソニーにはカリスマ性のあるリーダーがいて、画期的な新製品をいくつも出してた時期がわるわけなんすけど。

カリスマなきあと、リスクを顧みずに一見馬鹿げたことに投資するだけのことができるか、というとどうなんだろ、と思っちまいます。
大企業になると投資家のカネという他人の資本をいれざるを得なくて、他人資本はえてしてリターンを求めますから「失敗するかもしれないばかげたことに投資する」勇気を持ちえないわけでその勇気のない相手からお金を引き出すのもカリスマの役目なんすが、カリスマ不在だと厳しいのかもしれません。三洋は、乾電池や太陽光発電や洗濯機にちょっとした技術を持ってても、評価はしてもらえなくて、なかなかうまくいかずに松下と一緒になっちまったんすが。


で、亡くなったジョブス氏は「Stay Foolish」ってすごい重要なことを云ってる気がするのですが、実は会社も社会もほんとは「Stay Foolish」じゃなきゃいけないのかもなんすが、なかなかむずかしいかもしれないっす。