山口の件の雑感です。
興味の無い方はスルーのほどを。

山口県光市で1999年に起きた母子殺害事件で、殺人や強姦致死などの罪に問われ、1、2審で無期懲役の判決を受けた元会社員(犯行時18歳)に対する上告審判決が20日、最高裁第3小法廷であった。浜田邦夫裁判長(退官のため上田豊三裁判官が代読)は、「計画性のなさや少年だったことを理由に死刑を回避した2審判決の量刑は甚だしく不当で、破棄しなければ著しく正義に反する」と述べ、広島高裁判決を破棄し、審理を差し戻した。同高裁で改めて審理されるが、元会社員に死刑判決が言い渡される可能性が極めて高くなった。2審の無期懲役判決を、最高裁が破棄したのは、4人を射殺した永山則夫・元死刑囚(97年に死刑執行)に対する83年の判決を含めて戦後3例目。犯行時に未成年だったことが死刑回避の決定的な理由にならないとした判断は、少年による重大事件での量刑判断に大きな影響を与えそうだ。
判決はまず、「何ら落ち度のない2人の命を踏みにじった犯行は冷酷、残虐で、発覚を遅らせようとするなど犯行後の情状も良くない。罪責は誠に重大で、特に考慮すべき事情がない限り死刑を選択するほかない」と指摘。その上で、死刑回避のために考慮すべき事情があるかどうかを検討した。判決は、犯行の計画性について「事前に殺害までは予定していなかった」と認めたが、「主婦に乱暴する手段として殺害を決意したもので、殺害は偶発的とはいえず、計画性がないことを特に有利な事情と評価できない」と述べた。また、2審判決が犯行時に18歳1か月の少年で更生の可能性があることを死刑回避の理由とした点について、「被告の言動、態度を見る限り、罪の深刻さと向き合っているとは認められず、犯罪的傾向も軽視できない」と指摘。「少年だったことは死刑選択の判断に当たり相応の考慮を払うべきだが、犯行態様や遺族の被害感情などと対比する上で、考慮すべき一事情にとどまる」とした。
判決は、浜田裁判長、上田、藤田宙靖堀籠幸男各裁判官計4人の全員一致の意見だった。
(2006年6月21日付読売新聞より転載)

最高裁でこういう判断があって、今回の差戻し審となりました。

殺人や強姦致死などの罪に問われた元少年の差し戻し控訴審で、広島高裁は22日、1審の求刑通り死刑の判決を言い渡した。犯行時18歳1カ月の被告に死刑を適用するかが焦点だったが、楢崎康英裁判長は2人への殺意を認めた上で「死刑を回避すべき理由にはならない」と指摘した。被害者遺族の訴えをくんだ形の結論で、来年5月以降に始まる裁判員裁判や、相次ぐ少年による重大事件の審理にも影響しそうだ。
楢崎裁判長は主文を後回しにし、理由を朗読。殺意を否定した差し戻し審での元少年の新供述について「事実と違うのなら、起訴後6年半にわたり黙っていたのは不自然で不合理だ」と指摘。その上で「甘えたいと抱きついた。想定外の反撃に無我夢中で首を押さえた」「泣きやんでほしい一心でひもで緩くしばった」とする妻子殺害の弁護側の主張について「変遷があり、信用できない。死体所見とも整合しない」などとして退けた。乱暴目的でアパートの部屋を訪問して回っていたことも認定した。さらに、殺害まで計画していなかったことや、犯行時の年齢について検討し、いずれも死刑回避の理由にはならないと結論付け、1審判決を破棄した。2006年6月の最高裁判決に沿った形。
1審山口地裁は、殺害まで計画していなかったことや年齢を考慮して無期懲役とし、広島高裁も支持。最高裁はこれらは死刑回避の十分な理由ではないとして、特に酌量すべき事情がさらにあるか審理を尽くすよう求めた。差し戻し審で新たに弁護団が結成され、殺意を否定。劣悪な家庭環境で精神的に未成熟だったなどとも主張し、死刑回避を訴えた。検察側は「事実の捏造、歪曲で被害者を冒とくしている」とあらためて死刑を求めた。
4月22日付神戸新聞より転載

死刑ってのは、そう簡単には出ません。文中に名前のある連続4人を射殺した事件の永山則夫元死刑囚の第1次上告審判決で、最高裁無期懲役の二審判決を破棄した際に示した基準ってのがあって、死刑は
(1)犯罪の性質
(2)犯行動機
(3)犯行態様、特に殺害方法の執拗さ、残虐さ
(4)結果の重大さ、特に殺害被害者数
(5)遺族の被害感情
(6)社会的影響
(7)犯人の年齢
(8)前科
(9)犯行後の情状
などそれぞれ考察し、その刑事責任が極めて重大で、罪と罰の均衡や犯罪予防の観点からもやむを得ない場合に許されるとしてます。念のため改めて付記すると永山則夫元死刑囚も犯行時は未成年でした。今回もこの基準にそって判決が出たはずです。

いちばん最初、山口地裁では被告が計画性の無さや18歳と1カ月ってことを考慮して無期懲役にして、さらに広島高裁もそれを支持しました。で、不服とした検察側が上告し、最高裁はそれをうけて山口地裁・広島高裁がだしたその無期懲役っていう量刑について、計画性の無さや未成年だったことは死刑を回避すべき決定的な事情とまではいえないし正義にもとる(暗に年齢や計画性のなさなんて死刑回避の理由にならない程にひどく凶悪なことじゃね?っていってるわけです)といいきり、「死刑の回避の量刑は不当」と突っ返しました。無期懲役ってのはおかしいので死刑を回避するための「ほかに考慮するに足りる特に酌量すべき事情」の有無をもういちど広島で裁判(差戻し)しなさい、ってことになりました。

追記:この最高裁判決のちと重要なところを抜粋します。

(略)被告人がそれなりに反省の情を芽生えさせていると見られることに加え、犯行当時18歳と30日の少年であったこと、犯罪的傾向も顕著であるとはいえないこと、その生育環境において同情すべきものがあり、被告人の性格、行動傾向を形成するについて影響した面が否定できないこと、少年審判手続における社会的調査の結果においても、矯正教育による可塑性が否定されていないこと、そして,これらによれば矯正教育による改善更生の可能性があることなどを指摘し、死刑を回避すべき事情としている。しかしながら記録によれば被告人は、捜査のごく初期を除き基本的に犯罪事実を認めているものの少年審判段階を含む原判決までの言動、態度等を見る限り、本件の罪の深刻さと向き合って内省を深め得ていると認めることは困難であり、被告人の反省の程度は原判決も不十分であると評しているところである。被告人の生育環境についても実母が被告人の中学時代に自殺したり、その後実父が年若い外国人女性と再婚して本件の約3か月前には異母弟が生まれるなど不遇ないし不安定な面があったことは否定することができないが、高校教育も受けることができ、特に劣悪であったとまでは認めることができない。さらに被告人には本件以前に前科や見るべき非行歴は認められないが、いともたやすく見ず知らずの主婦をねらった強姦を計画した上その実行の過程において格別ちゅうちょした様子もなく被害者らを相次いで殺害し、そのような凶悪な犯行を遂げながら被害者の財布を窃取した上各死体を押し入れに隠すなどの犯跡隠ぺい工作をした上で逃走し、さらには窃取した財布内にあった地域振興券を友人に見せびらかしたりこれでカードゲーム用のカードを購入するなどしていることに徴すれば、その犯罪的傾向には軽視することができないものがあるといわなければならない。結局のところ本件においてしん酌するに値する事情といえるのは、被告人が犯行当時18歳になって間もない少年であり、その可塑性から改善更生の可能性が否定されていないということに帰着するものと思われる。そして少年法51条(平成12年法律第142号による改正前のもの)は犯行時18歳未満の少年の行為については死刑を科さないものとしており、その趣旨に徴すれば被告人が犯行時18歳になって間もない少年であったことは死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の考慮を払うべき事情ではあるが、死刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえず、本件犯行の罪質,動機,態様,結果の重大性及び遺族の被害感情等と対比・総合して判断する上で考慮すべき一事情にとどまるというべきである。
以上によれば原判決(広島高裁のこと)及びその是認する第1審判決(山口地裁)が酌量すべき事情として述べるところは、これを個々的にみても、また、これらを総合してみても、いまだ被告人につき死刑を選択しない事由として十分な理由に当たると認めることはできないのであり、原判決が判示する理由(広島高裁が犯行時に18歳1か月の少年で更生の可能性があることを死刑回避の理由とした点)だけでは,その量刑判断を維持することは困難であるといわざるを得ない。
そうすると,原判決は,量刑に当たって考慮すべき事実の評価を誤った結果、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情の存否について審理を尽くすことなく、被告人を無期懲役に処した第1審判決の量刑を是認したものであって、その刑の量定は甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
平成18年6月20日最高裁判所判決文より抜粋

私はこれを事実上「暗に年齢が死刑回避の理由にならない程にひどく凶悪なことじゃね?」といってるのかな、とおもったのです。「死刑を回避するに足りる理由についてもう一度慎重に審理しろ」という意図で差し戻したっていうのは確かなんすけど。


ところが被告人と弁護側は戦術の一つとしてなんでしょうけど「酌量すべき事情があるかないか」を審理する差戻し審で「酌量すべき事情があるかないか」ではなく犯罪事実そのものを否定しはじめました。弁護団は被告人から新供述を引き出し、鑑定をやりなおし、今までと異なる主張をしはじめました。精液を膣内に入れるのは復活の儀式とかドラえもんがでてきたり、ある種の荒唐無稽な主張もいくらかあったので一部世論や橋下センセーは憤慨してましたがそれは別に責められるべきことではありません。たしか主たる主張は罪名を殺人とか強姦致死罪ではなく傷害致死罪であるべきだ、というのであったはずです。死刑回避うんぬんより、3年以上の有期懲役である傷害致死罪と死刑がありうる殺人罪では大違いですから新供述が確からしいと踏んだら普通は弁護人としてはそのチャレンジをしておかしくないです。ただ誰がどうみても新供述を今更なんでいうの?っていうかなんでそんな重要な事実をもっとはやくいわないの?ってのはあります。もしほんとにそうであるならきわめて重要なので第一審の山口地裁からずっと主張しててもおかしくないでしょう。で、事件直後に係属した山口地裁広島高裁では最初の供述調書に書かれてる事実を認めて(外見からは真意かどうかは判らぬものの)さらに反省の弁を述べておいて広島高裁で無期懲役判決を得ておきながら最高裁で差し戻され死刑になりそうだからっていうんで新供述というカタチで主張を変えたってとられてもタイミング的に仕方ないのです。今回、広島高裁は新主張を退けましたけど。


弁護側はたぶん上告するでしょうからまだ刑は確定しませんが最高裁は事実について例外的に審理できないわけではないですが原則あまりしないところなので今回の広島高裁の判決はひっくりかえりにくいですし、そもそも最高裁無期懲役の判断には誤りがあると言って高裁に差し戻してますから事実上死刑は確定しちまった気がします。


今回の判決は18歳という未成年でもきちんと極刑に処せられるっていう道筋をつけました。未成年であることが死刑回避の理由にならないってことっす。
正直それが妥当かどうかってのは、私にはわかりません。というのは、罪を犯したとはいえ若い故に可塑性があるはずで改悛の情を持って贖罪の精神を持ったまま罪を背負って刑務所内で生きて行くほうがいいのでは?と思うというのと、それとも強姦致死という尊厳を踏みにじった犯行の上に被害にあったなんの罪もない乳児を殺めてってのはやはり死刑であるべきというのと、ともに判らないでもないからです。ただ死刑制度は固持すべきとおもってますけど今回の件は劣悪な家庭環境で生育し精神的に未成熟な段階での犯行であるからその点考慮すべきだとおもうので、私はどちらかといえば前者なんですけども。

で、いちばんやりきれないのは、被告人・弁護側がある種の荒唐無稽な主張を残したまま終わってしまったことです。精液の件や泣き止んで欲しいという一心で紐を縛ったとかの被害者の遺族からすれば「たまんねー」と思う主張が、頭の中にこびりついたままでしょう。最高裁で差し戻される前の被告の反省の弁はなんだったの?と思えますし、真実はどこなんだという不信感だけが残っちまった気がします。
ただしつこいようですが、弁護側のとった作戦は理解できないものではありません。遺族が死刑を求める主張を強めれば強めるほど防禦しなければなりませんから職務にのっとった正当なことです。事件直後の山口地裁と広島高裁では主張しなかったその荒唐無稽な主張に沿った弁護活動はたぶん罪を軽くしようっていう方向の現れです
とはいうものの荒唐無稽な主張に遺族はかなり傷ついたとおもうし部外者・傍観者としてみていてちとしんどい話だなー、と思っていました。
そしてまた当の元少年もたぶん更に傷ついたであろうものっそ不毛な刑事裁判だったと思います。なんで後になって供述を変えたのかとか何が真実でってのは、元少年本人しかわかりません。死刑が確定しちまって、何を思ってるか想像つかないのですけど。


この裁判は法曹関係者の誰もが信念や職責にしたがってベストを尽くしたはずなのですけど結果的に最初の弁護人をはじめとして法曹関係者に翻弄され続けた印象が私にはあります。誰が悪いってわけじゃないんすが。