炊事担当

男子厨房に入らずという言葉があります。が、両親が忙しかったこともあって小学生の途中からは料理をしていました。ニンジンと豚肉とじゃがいもとタマネギを炒めたあとに水を張って茹でてカレーのルーを入れるカレーをマスターし、カレールーではなく砂糖と醤油で味付けすれば肉じゃがに、ジャガイモを大根にして炒めて昆布だしの汁で茹でて味噌にすれば豚汁になりますが、3タテで褒められると悪い気はしません。ちょっとずつレパートリーを広げてゆきました。死んだ両親は息子に花嫁修業させようとかそういうつもりではなかったとは思いますが台所に立つことを厭わなかった小学生は時間を経て台所に立つことを厭わないおっさんになっています。
台所に立つことを厭わないおっさんが台所にあんまり入らない同年代の相手と付き合うようになって休前日・休日に逢うようになると必然的に料理は料理を厭わないほうが担うようになりました。はてな今週のお題が「休日の過ごし方」なんすが休前日・休日にはメシを作って喰わせることがあります。同棲はしてないので前日なにを食べたかとか訊いて調整しながらメインになるものを決めます。先週は魚と決めつつもあんまり考える時間がなくてタラとネギとエリンギ等を醤油+オイスターソース+酒で炒めたりしました。作りながら回鍋肉用の中華調味料のほうが良かったかな、と迷ったのですがあとの祭り。でも完食だったのでオイスターでも正解でした。
メシについて事前にリクエストを貰うこともあるのですが、たまに難題を吹っかけられることがあります。いままで一番厄介だったのは(何かしらのテレビでやっていたであろうと思われる)豆ご飯を食べたいというメールを貰ったときです。東京では豆ごはんはそれほどメジャなものではありません。新大阪の水了軒の駅弁に豆ごはんが入ってた記憶だけはあって、グリンピースではなかったことだけは確かで、でもどういう豆をつかうかがわかりません。悩んでいてもしょうがないので退勤後に八重洲口の(関西系の)大丸へ行って青果売り場で「大阪における豆ごはんの豆はなにか」を訊ねたら「うすいえんどう」という品種を教えてもらえたのですが「でもあれは大阪のものですから、東京店では置いてないんです」とあたりまえのことを申し訳なさそうに付け加えられちまいました。ごめんできそうにないと謝って炊き込みご飯ものにしようかなーと考えながら八重洲から遠くない(関西系の)日本橋高島屋の青果売り場に念のため行くと大阪産ものではないものの「うすいえんどう」があり、ほっとしたと同時に仕事でもないのに「おれいったいなんでムキになってるんだろ」とえんどう豆片手に考えこんじまったんすが。でも豆ごはんを作って目の前で美味そうに完食されるとやはりうれしいもので、わがままをかなえる醍醐味というのをいくらか理解した気が。
喰わせたい相手が毎回一口食べるまでは若干の緊張があります。しかし目の前で作ったものが無くなってゆくのを眺めるのは癖になります。食べて欲しい人が「喰いたい」っていう限りはなるべくメシを作るつもりです。