いつだったかヨーカドーの創業者が小さい店だったころは毎日店先の在庫を整理して確認・棚卸をしてた、そうしないとなんの商品のどのサイズが足らないかわからなかった、あうサイズがないと顧客はよそへ行ってしまうから、なんて懐述をしてたのを読んだことがありますが問題把握のための視覚化の問題はたぶん業種は問わないかもしれません。多くの品物を扱う時にどこになにがあるかわからない状態を放置すると見込みになり、正確な在庫が把握できなくなり、ゆえにほんとに必要な在庫じゃないかわりの無駄な在庫を抱え込みがちになるし、探す時間が無駄である、という問題が発生します。その無駄をカットするために定物定位置を順守して整理整頓をし、動きやすいように並べ替え、在庫を把握して無駄な在庫を持たないようにする、というところから整理整頓や在庫管理の重要性ってのは云われたりします。
定物定位置にものを置いて整理整頓するってのは言葉にすると簡単だし場合によっては簡単にできるんだけど、それを維持して、他人と共有するのがむすかしいっす。規則があったりすればそのとおりにするんだけど、規則がないようなものの整理整頓の仕方ってのは、人や組織によって違うので、そのすりあわせが必要なとき、すごくストレスになるんすよー。ある一定の手順が、ほかの人にとってはなかなか理解できなかったり、ってこともあるんすけど、そこらへんから、誰かにとっての解はまた別の誰かにとっての最適解とは限らない、っていうのを強く意識するんすけどそれはともかく。


片付けがすすむと効率性は上がるはずなのです。疲れがたまってて微妙にとっ散らかってる雑貨入れから使用したいコーヒーフィルタを探すのも、雑然とした本棚から資料の本を探すのも、整理整頓されてれば探す時間も減るのは確かなのです。 でもその効率性をあげることが人間的なことなのかというと違うんではないかと。効率性に支配されちまうのは機械とおなじだからなあ、などと片付けに関する本が地下街で並べられてるのをみてぼんやり思ったのですが、ここらへん屁理屈かもしれません。