非配偶者間の人工授精(AID)と嫡出性

お久しぶりの772条関連のお話です。
めんどくさい方は飛ばしてください。

民法772条 1 妻が婚姻中懐胎した子は、夫の子と推定する。

夫以外の精子を使う非配偶者間の人工授精(AID)というのがあって、産科医療の現場では事例があります。いままでは配偶者以外の精子を用いた人工授精であっても婚姻中の懐胎であればその子は夫婦間の嫡出子として受理されてきました。役所ではそこまで調査する権限がないからです。
で、つい最近のことなんすが、性同一性障害特例法により戸籍の性別を女性から変更した兵庫県の男性が(精子がありませんから)身内の精子提供を受け人工授精で妻との間に生まれた子どもの出生届を届け出したところ、兵庫県下の役所は嫡出子として受理しませんでした。法務省の見解に従ったものです。法務省は「生物学的に親子関係がないことが明らかな場合、嫡出子として受理するわけにはいかない」(民事局民事1課)という理由です(神戸新聞1月11日付記事より)。
意味わからないかもしれませんが、性別変更の場合は条文上で性生殖機能が不能化してるか除去されてることを前提としてるので(なんでそんな規定があるかといえば戸籍上男性が子を産む、という事態を避けたいからじゃないかと→それがどこがおかしいのかっていわれるときついんすけど)、性別変更をした夫と妻である女性の間の子というのは生物学上はどう考えても親子関係が存在する余地がなく男性の子とは明らかにいいにくいのです。
上に条文を掲げましたけど、772条1項は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」としてるんですけど、これは夫婦間では婚姻中に妻が懐胎したらそれは夫の子である蓋然性が高いから、っていう説明が一般的です。したがって、蓋然性が高いから、ってなことに過ぎないので、そうでない事実があったなら推定は及びません(どちらかが性同一性障害でないカップルの場合も仮に収監等推定が覆る事実がある場合は推定は及ばなくなります)。民事局の考え方はたぶん、性同一性障害で性別変更した場合どう考えても性生殖機能がないことが明白である以上はその推定を及ぼすことがやはり難しいはずで、およそ夫の子と認めるわけにはいかない、という発想のはずです。


私が戸籍係であれば子供のことを考えると母親の非嫡出子として届け出してもらって、そのあと父と子の養子縁組してもらえば養子縁組の効果として嫡出子と同じ効果になるので(ただし離縁も可能)そちらを薦めるのですが私が思いつくくらいですから役所も民事局も伝えてあるでしょう。それを選択しないなりの理由・そこまでつき動かすものがあるのかもしれませんが。


片方が性同一性障害による性別転換をしたカップルが非配偶者間の人工授精(AID)を行った場合とそうでないカップルがおなじ非配偶者間の人工授精(AID)を行った場合とでは結果が違ってきます。
すでに似たような事例が数件あるようで、法相はなんらかのかたちでの見直しを言明してるのですが正直、法解釈上は難しいんじゃないか、と思ってます。どうやって整合性をつけるのか、正直わかりません。個人的には人工授精の問題はこの先、たぶんなんらかの立法措置をせざるをえないんじゃないか、って思ってますが、冷静な議論が今の状況でできるのか、むずかしいのが嘆かわしいところなんすけど。
[追記]
この件については訴訟となり判決がでました
http://d.hatena.ne.jp/gustav5/20131213