「ゴロゴロ野菜と銀鮭のバジル」の行方

吉祥寺というといまはオシャレな街の印象がありますが決して街全体がそうではなく生活に根差した店がいまでもあって、たとえば私が子供の頃から営業している乾物屋さんが商店街の中にあります。そこで酢漬けにするための干し鱈を買うことがあるのですが…って乾物屋さんの話をしたいわけではなくて。

以前吉祥寺の商店街の中に三浦屋という食料品店があり野菜や肉や酒や魚など揃った小さい店で、しかし柳葉カレイの干物とか他所ではお目にかからない品物を扱っていました。惣菜も自社製造していて、いまでも印象に残ってるのが鶏むね肉とキュウリのピリ辛和えで、子供のころには吉祥寺に連れてって貰った日の夕食などで年に数回は食べていました。鶏むね肉とキュウリのピリ辛和えは三浦屋のものがベストオブベストで、大人になって作れるようになっても似たものは出来ても同じものは残念ながら作れていません。美味しいというのは記憶と刷り込みが何割か影響するのではないかと疑っているのですが真似したいと思う程度におのれの「美味しい」という評価の一部は三浦屋によって形成されていましたから、大人になって三浦屋の支店が通勤経路からちょっと外れたところにできると判ったときは正直「よっしゃ」と思っていました。もちろん毎日通ったら破産するので財布と相談の上で必要に応じての頻度でしか寄れてませんでしたが。

ところが。

何があったのかは知らぬものの十数年前に三浦屋は立川のいなげやというスーパーの傘下に入り、さらに数年前には店舗部門は成城石井を傘下に持つ会社に売られてしまい製造部門はいなげやの総菜製造部門と統合となっています。そのことを新聞記事で知っていなげやの支店へ行くとさすがに鶏むね肉のピリ辛キュウリ和えはなかったものの、ゴロゴロ野菜と銀鮭のバジル等のいくらかひねった惣菜が並んでいて実際に食べてもひと仕事してあって、確信は持てぬものの三浦屋の残滓がここにある!と安堵しています。残念ながら最寄りのスーパーがいなげやではなく、休日に散歩がてらに寄るもしくは通勤に使う路線が事故で迂回した時には必ず寄るいうレベルですがいなげやの売り上げに少しだけ貢献していました。

ところでいなげやという会社はかつてあった忠実屋とともに買い占めに遭い(そのときの防衛策の是非がいなげや忠実屋事件として有名なのですがそれはともかく)、その後イオンが大株主になっていました。今週に入ってからそのイオンがいなげやを子会社化するという報道が流れてます。イオンに限らずスーパーは大量仕入大量販売のビジネスモデルで仕入部門をイオン系といなげやで統一したほうが仕入れ値は安くなるので合理的な判断です。

合理的な判断であると頭では理解できるものの記事を読みながらどうしてもゴロゴロ野菜と銀鮭のバジルが頭にチラつき、「あ゛あ゛あ゛あ゛」と声にならない唸り声をあげちまっています。願わくば惣菜製造部門に手を突っ込んでほしくないのですが、どうなるのか不安であったり。これを書いているのはおっさんでもういい歳なのですが、食べ物に関することで恥ずかしながら動揺したりすることがあります。