300日規定問題について

民法規定改正へ支援要望 無戸籍児の親ら知事訪問」

民法の「三百日規定」が壁になり戸籍がない神戸市と西宮市の子どもの親たちが五日、県庁を訪ね、全国知事会を通じて法改正などを国に働き掛けるよう井戸敏三知事に要望した。戸籍がないとパスポート(旅券)や住民票が発給されず、親たちは「生まれてくる命に差はない」と早期の法改正をうったえた。民法では、離婚後三百日以内に生まれた子は前夫の子とされ、現在の夫の子としては出生届が受理されない。
同日午前、神戸市東灘区の女児(生後二カ月)の親と、西宮市の女児(同二週間)の親がそれぞれ旅券を申請した。その後、三百日規定が適用される妊娠中の女性(32)=西宮市=と一緒に県庁を訪れ、井戸知事に要望書を渡した。東灘区の女児の父親(32)は「戸籍をつくるなら前夫の名前を書くように言われ、ショックだった。早く正しい戸籍をつくりたい」とうったえた。妊娠中の女性は「生まれてくる子に普通のことをしてあげたい」と涙をみせた。同日の会見で井戸知事は「民法の古い規定がこのままでいいのか。市町からの求めがあれば、県も一緒に見直しを働き掛ける」と話した。県は二月、別の無戸籍女性の旅券申請を受け、外務相に「例外的な発給を認めるべき」と要望した。


3月6日付神戸新聞より転載

(再婚禁止期間)
第七百三十三条  女は、前婚の解消又は取消しの日から六箇月を経過した後でなければ、再婚をすることができない。
2  女が前婚の解消又は取消の前から懐胎していた場合には、その出産の日から、前項の規定を適用しない。
(嫡出の推定)
第七百七十二条  妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2  婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
(嫡出の否認)
第七百七十四条  第七百七十二条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる。
(嫡出否認の訴え)
第七百七十五条  前条の規定による否認権は、子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによって行う。親権を行う母がないときは、家庭裁判所は、特別代理人を選任しなければならない。
(嫡出否認の訴えの出訴期間)
第七百七十七条  嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から一年以内に提起しなければならない。

父子関係というのは母子関係が分娩の事実によって明らかになるのと違い完全な証明が容易でないややこしいところがあります。そこで婚姻関係にある夫婦は少なくとも相互に性的関係を独占できうるであろうという前提を基に民法は父子関係について規定しています。民法772条によると,第1項で婚姻中に懐胎した子は嫡出子とされ、第2項で婚姻成立から200日経過後または婚姻の解消・取消(離婚や死別)から300日以内に生まれた子は婚姻中に懐胎したと推定されると規定しています。ここからほぼ機械的に戸籍上は女性が婚姻中に妊娠した場合にその産んだ女性の「夫」がその子の父親と推定され戸籍に載ります。第2項により離婚後300日以内に生まれた子供は前の夫との間の子であるとされてしまいます。また婚姻(再婚)から200日より後に生まれた子供は後の夫との間の子であるとされます(なお772条は第1項も第2項も「推定する」という規定ですので「みなす」ではないもんですから絶対的なものでなく嫡出子ではないと証明されれば夫の子ではないと判断がひっくりかえる可能性を含んでいます)。
ややこしい話をするのは本意ではありませんが、仮に再婚禁止期間(6ヵ月)がなければ、婚姻後200日より後で、かつ、離婚後300日以内に子供が生まれる場合があり、そうなると法律的にどちらの子か推定できなくなりますからこのような状態を避けるため民法上は再婚禁止期間(773条)が設けられています。つまるところ離婚後6ヶ月経過する前に生まれてくるということはおそらく離婚の日の4ヶ月以上前ぐらいには既に懐胎していないと子供は生まれてこないはず?なので、父親は前夫だということがおおよそ推定できます。明治民法制定時には半年あれば外見から妊娠してるかどうかを見分けることができるだろう、後の夫も妻となるべき女性が前の夫の子を宿して無いだろうという判断がつくんじゃないか?、と考えたのです。で、300日と200日のことを考えると計算上再婚禁止期間として前婚と後婚のあいだに100日あればほんとは前の夫の子と推定できるから良いはず?ですが明治期以降再婚禁止期間は6ヶ月ということになってます(改正の動きはあります)。なお300日というのは10月10日で出産する、といったところから来てるものとおもわれます。


建前の話です。いままでのは。婚姻期間中は他人とセックスしないであろう、という期待のもとの話です。


で、今問題になってるのは「婚姻の解消・取消から300日以内に生まれた子は婚姻中に懐胎したと推定される」規定の是非です。つまるところ離婚が成立する前から性的交渉を持ってしまうことは無いとはいえない場合があって、6ヶ月の待婚期間の後に8ヶ月で出産した場合、とか、どうするの?なのです。この場合は原則子供の父親は前の夫、ということになります。相手が前の夫でない可能性が高くても、です。


で、どうしたらいいかというと前の夫自身が新たに生まれた子を「自分の子でない」ということを主張して民法上の嫡出否認の訴えを行なう方法です。これをつかって前夫の協力があれば原則親子関係にないと家庭裁判所に訴えることもできますが、夫の暴力に苦しんだ女性などは別れた相手と一切かかわりを持ちたくないだろうという場合があるので厄介で悩ましい。離婚後の妊娠を医学的に証明したりDNA鑑定で新しい夫との親子関係を証明しても、前の夫からの訴えがなければ裁判所は明治時代民法の立法趣旨にしたがい認めません。いやな場合どうするか、といったら戸籍を作らないしかなかったりします。上の神戸の案件は無戸籍のようです。戸籍がないとたぶん、医療関係で問題がでてくるとおもいます。
さらに話をややこしくするのは良くないと思うのですがキチンと書いておくと、もうひとつ親子関係不存在確認訴訟というのもあります。母や子やそれに利害関係を有する関係者が親子関係不存在確認訴訟を起すことが可能で判例によって認められたものでして、前の夫が刑務所に服役中とか、海外赴任中とか、事実上の離婚状態が長かったからとか、つまり妻が前の夫の子供を妊娠する可能性がどう考えてもないことが客観的に明白である場合に前の夫の子であるとの推定を受けないわけで、ゆえに認められています。この訴訟については真実の血縁関係を重視してまありえない血液型の子が産まれたとかの場合は認めるべきだという学説もありますが(講学上は血縁説といいます)、それをつきつめると、夫しか嫡出否認ができないのは(第三者の介入を防ぎ)家庭の平和を主な目的とする774条の趣旨や(一年と区切ることで)父子関係の早期安定を目的とした777条の趣旨に反して妥当でないし、現実的に医学的な血縁関係がなくても家庭の平和や父子関係の法的安定性の要請から現存の親子関係をそのまま推定させるべきでないか?という理由から疑問があります。関係者間に事実関係について合意がある場合には真実の親子関係の確定が尊重されてもよいもののやはり事実上の離婚のように外観上懐胎(妊娠)が不可能であることが明らかである場合に限り認められるべきものです。前の夫が刑務所に居なかったとかの場合、つまり明白でないときなどたぶん、やはり前夫の協力(証言)が不可欠になるはずです。現行ではいきなり裁判にならずに調停前置主義がとられますので、調停が不調に終わったときに裁判になります。



私個人の感想ですが婚姻解消後300日以内の規定自体をなくすべきではないと思います。見直すことが良いことだとは思えないのです。
772条の嫡出推定の規定は子の身分が不安定になることを可能な限り防止して扶養だとか相続に関する子の権利を守るための規定なのです。例えば事故等で夫が死亡した後に出生する元夫の子の問題です。条文をいじって法改正して子供を亡き夫の子でないようにしちまうと相続とかで不利になります。えっと、えげつない話で恐縮なんですが、セックスして即妊娠ではないですから(←違ったら指摘をお願いします)セックスして暫らくして妊娠したことがわかりますけど、セックスの後に即男性が死亡した場合(腹上死ということ)妊娠したときには婚姻が解消してることになり(死別)お腹を痛めて299日で生まれても戸籍上夫の子として認めてもらえなくなってしまう、というケースです。こういうとき全くセックスをしなかった、だから死んだ夫の子なのです、といっても、客観的な証明もまた難しいです。
300日要件をなくして遺伝子のつながりで区別すれば良い、と言う意見もあるんですけど、そうなってくると生殖医療に関してですが子を望む夫婦が身体上の問題などの理由で他者より精子あるいは卵子の提供を受けて実の子として出産する場合があり、この場合に例えば遺伝上の子でないことを理由に嫡出性を否定できるとすると父が誰だか判らなくなり子の権利を著しく害することになります。人工授精等に両親が合意していた場合において両親の生存中の問題は生じないかもしれません。ただ相続が問題になった場合親族が死んだ親と人工授精で産まれた子の親子関係がなかったとの主張をしてくることは容易に想像できます。それは避けたい。
また場合によっては当事者が第三者の前で自分の性的乱行を陳述し公開する必要性がでてくるわけで、はたしてそれが妥当かどうかという問題もあります。
なんかこう、感情的になって産まれてくる子供がかわいそうだからというような理由で認めるべきだ、というのは避けたほうがいいのではないかと思います。私は保守的少数派なのかもしれません。そもそもきちんとした結婚ができるかどうかすら怪しいかなあ、という人間がこういうこといって良いのか?という気もしますが。