今夏『平成の終焉』(原武史・岩波新書・2019)という本を読んでいます。現在の上皇が現役時代に発したいわゆる「おことば」の問題点や平成と昭和の行幸啓の差異を通して平成という時代における皇室の特異さを浮き上がらせた力作です。ここで
を引っ張るとそのあとに『鉄道旅へ行ってきます』(関川夏央・原武史・酒井順子・角川文庫・2024)という本を読んでいます。原武史さんは政治思想史が専門の研究者ですが他の2人は作家で、本書は簡単に書けばその三人による鬼怒川や秩父などへの旅行記です。正直ものすごくどうでもいい本であるとも云えるのですが、どうでもいいの一言で片づけるのがかなり惜しいので書きます。
本書は相当な部分が鉄道に関する記述です。三者とも鉄道に関する著作があるのでそれは当たり前なのですが、よい意味でマニアックなのが原武史さんで、いくばくかのネタバレをお許しいただきたいのですがそのマニアックな原さんに引きずられる格好で第4章で「徹底検証北陸駅そば五番勝負」と銘打ち三人は北陸本線の米原、福井、金沢、富山、直江津の5駅の駅そば駅うどんを喰いに行くことになります。一切観光をせず特急を乗り継いでひたすら駅のそばもしくはうどんをすする旅行で、米原のつゆは関西の昆布だし、福井のつゆは米原より甘く、金沢のつゆはしょっぱく、富山はサバだしで絶品、などと各駅各店舗の論評が繰り広げられていて、いったいおれは何を読んでいるのだろう…と戸惑いつつも、(読んでいるのが地下鉄の車内だったので)笑いを堪えるのに必死になっています。
おそらく原さんの『平成の終焉』におけるおことばや行幸啓の精緻な分析と本書の「徹底検証北陸駅そば五番勝負」における原さんのそばの論評は、おそらく根っこでは同じです。対象物に対するマニアックな興味から観察した上で差異を発見しながら比較し論評を加えているのですが、それが天皇制と麺類の違いなだけで、片方はどうしても笑えてきてしまうのです。天皇制に比べ麺類のほうはどうでもよい感が強く観察眼の無駄使いにも感じられるのですが、そのどうでもよいことも気になる人なのかなあ、と。不躾を承知で書くと真面目と喜劇は紙一重にも見えるのですが。
最後に個人的なことを。
張り紙がしてありましたが、ツユが絶品でしたね。比べてみると、福井のつゆは脂っこくて、天ぷらを入れるとしつこく感じたのです。ここのは、逆に天ぷらを入れることによってうまさが際立つ。そこまで計算しているんですよ(P94)
原さんの富山駅の立山そば評なのですがそばにおける天ぷらとつゆの関係まで考えたことが無かったので、目からウロコでした。そばは奥が深いのだなあ、と。これ以上書くとそば好きにもかかわらずあまり考えずにそばをすすっていた味音痴がバレそうなのでこのへんで。