「印象に残る」もしくは「読みやすい文章」の答えの無さそうな疑問

きっと繰り返して書いてると思うのですが

「Tell me where is fancy bred, Or in the heart or in the head?How begot, how nourished?」

っていうヴェニスの商人の中に出てくるセリフがあります。無粋な訳をかけば、気まぐれな心はどこからでたの?胸の中?頭の中?どうやって宿して、どうやって育つの?というようになるのですが、原文はheartとheadが韻を踏んでるほか、Tell↑ me↓ where↑ is↓ fancy bred↑っていうように言葉の語尾が上下上ときれいにそろっています。正確な意味は分からなくても聞いてるだけで印象に残ります。そんなのを大学生のときに読んでいたのでもしかして印象に残るというのは声に出したときのメロディなのではないか?と仮説を立てていました(なお余談ですが上記の答えは「It is engender'd in the eyes」です)。

話はいつものように横にすっ飛びます。

おとなになって人前で説明する機会が出来たりし、参考になるかなと若干落語を聴くようになると、日本語も印象に残るのは声に出したときのメロディによるところがあるのではないか?と思うようになりました。もちろんほんとのところはわかりません。でもって天才ではありませんから人前で話すときにはメロディアスはムリでも凡人でも出来そうななめらかにしゃべるよう心掛けていた時期があります。

でもなんですが。

前に米朝一門の米朝師匠、ざこば師匠、小米朝師匠のそれぞれの「あみだ池」を聴いたことがあるのですが、困ったことになめらかではないところがあるざこば師匠のものが耳に残るというか、良いなあ…というか、いちばん印象に残りました。こうなってくると印象に残るというのはなめらかだけではないのだと悟ります。くわえて印象に残るというのが一体なんなのか?体感的なというか感覚的なことは別として理路整然と他人に説明できなくなってきたほか、凡人はどうしたら印象に残る喋り方ができるのか?はわからなくなっています。もちろんいまでも答えが出ていません。ざこば師匠の訃報の報道を知ってその個人的な些細な疑問を思い出したのですが、相変わらず疑問のままです。

以下どうでもよいことを(ほんとはどうでもよくないのですが)。

はてなハイクというところにいたときに、読みにくい文章にぶち当たったことがあります。なんでこんなに読みにくいのだろう?というのをその人の文章を眺めてて考えたことがあるのですが、おそらく私個人の問題として、文章に声を出して読んだときにメロディがあること≒読みやすい、と意識してることをに気が付いています。じゃあてめえは出来ているのか?というと項垂れるしかないのですがそれは横に置いておくとして、私個人は別として、そもそも他の人がどういう文章を読みやすいと思ってるのかもよくよく考えると理解していなかったり。

「印象に残る」とか「読みやすい文章」とはなんなのかについて白状してみたのですが、おまえそんなことも知らないのか?と呆れられそうなのでこのへんで。