「その着せ替え人形は恋をする」7話を視聴して(もしくは愛すべき変な人たちのことついて)

世の中シビアな方向へ進んでいますが、今日もくだらないことを書きます。

原典に当たったわけではないのでおおそれたことは云えませんが式亭三馬という江戸時代の作家が客者評判記という本を書いています。芝居好きな愛すべき変な人を笑う滑稽本なのですが、笑われてる中に芝居の中に出てくる役の声色を真似る声色好きというのがあります。そんなふうにこの国は江戸からずっと好きが高じてのめり込むと真似る伝統があります。人のこと云えるか・笑えるかといったら私は云えませんし笑えません。アニメのあと原作も読んだ青ブタの中で博多弁で「いっちょんわからん」というセリフがあるのですが、博多出身ではないもののここぞというときに私は真似ています…って私のことはどうでもよくて。前置きはともかくコスプレをしたい喜多川さんと裁縫が出来る五条くんを中心に話が展開する「その着せ替え人形は恋をする」7話を録画して視聴してて、それをここで報告する必要性は無いと思いつつ、何も書かないのはすごくもったいない気がするので書きます。

6話では五条くんにコスプレ衣装を作るように脅迫した乾さんというキャラクターが出てきました。いくばくかの不粋なネタバレをご容赦願いたいのですがその乾さんと喜多川さんは同じシリーズ物のアニメを視聴していて、喜多川さんは一緒にキャラクターのコスプレをしたい旨、乾さんに提案します。一度は断るのですが7話では喜多川さんからスタジオ代割り勘を持ち出されると浮いたお金をコスプレ衣装代に流用できると計算し、乾さんは承諾します。喜多川さんもそうなのですが乾さんも、声色を真似る代わりにコスプレ衣裳になっただけの江戸の芝居好き同様の好きが高じて対象にのめり込む愛すべき変な人です。いままでなぜ「着せ恋」に惹かれるのか謎だったのですけど、「着せ恋」は好きが高じてのめり込む愛すべき変な人たちの物語の側面があって、その好きが高じてのめり込む愛すべき変な人を微笑ましいと感じて惹かれ、と同時に理想を求めての振り切り具合が(例えば喜多川さんは推しになれるコスプレのためなら平気で眉を全剃りし、乾さんは五条くんに依頼するためにストーカーまがいのことをして五条人形店を特定してしまうくらいの行動力があって、それらが)どこか羨ましいともうっすら思っています。7話を視聴してそこらへんをやっと言語化できて明確に理解しました。もちろん羨ましくてもコスプレはしませんが。

五条くんは同居する祖父と同じ人形職人を目指しています。7話では五条くんが手掛けた人形の頭の部分の出来について以前より良くなったと誉められ、同時に喜多川さんの影響であることを見抜かれ、人形以外のものもちゃんと観察するように助言を受けます。「着せ恋」は乾さんや喜多川さんを見てると愛すべき変な人の物語もしくは変身譚なのですが五条くんの成長の物語もしくは変身譚でもあってそれが「着せ恋」に別の側面を与えている気がします。

もういくばくかのネタバレをご容赦願いたいのですが、五条くんに恋心を抱いてるとことを自覚した喜多川さんは積極的に意図したものではなかったものの五条くんをいわゆるおうちデートに誘うことに成功してしまいます(…してしまいます?)。積極的に意図しなかったものゆえに約束の時間にすら起床できず、チャイムが鳴ってあわてて五条くんを迎えるときの姿はすっぴんでなおかつブラの紐が片方は肩から外れかかってる状態でした。五条くんは赤面し、その反応をみて改めて鏡を凝視した喜多川さんはあわてますが、外れそうなブラの紐の姿ではなく赤い瞳になるカラコンではない姿で五条くんの前に出たことをありえないと喜多川さんは後悔します。1話で(五条くんは好きが高じて人形を眺めて顔がにやけるタイプの愛すべき変な人でもあるのですが)五条くんが大切にしている人形の頭部を喜多川さんは見せて貰ってて・その人形が瞳がキラキラしてることを確認してて、おそらく喜多川さんは五条くんの大切にしてる人形を意識してるのではないか、とその後悔のシーンを眺めながら気が付き、そう考えると「喜多川さん、大変だなあ」と少し同情しちまってます。おうちデートがどうなったかの詳細などは物語のキモなのでアニメや原作などをご覧いただきたいのですけど、最後まで飽きることなく視聴してます。

最後にさらにくだらないことを。

「その着せ替え人形は恋をする」は先行する原作では英訳されてて「My Dress-up Darling」って巧い訳し方なのですが、7話は題名は「しゅきぴとおうちでデートやばっ」です。仮に海外で放送されるとしたら「しゅきぴ」ってニュアンスを残しながらどう訳すのだろうとちょっと考えたのですが、思いつかず。翻訳担当の方の健闘を祈りたいです。