課題の多い現場の意思が尊重されないもどかしさ

JRの名古屋駅の隣に名鉄名古屋駅があります。前は新名古屋といいました。名鉄東岡崎や半田などへ行けるのですが方向別にホームがあるわけでもなく・電車の色が違うわけではなく、同じホームに(東岡崎を通る)豊橋行きや(半田を通る)河和行きが発着します。岡崎方面の特急などは青、半田方面の特急などは緑、と乗車位置などが案内されているものの、正直初心者殺しです。いまは(特急の有料部分を除き)全車3扉車なのですが私が居た新名古屋時代は2扉車があっていまよりカオスでした…って名鉄の悪口を書こうとしたわけではなくて。

鉄道ピクトリアルというマイナーな雑誌があって2020年の2月号が名鉄の2扉車の特集で、その中に名鉄の鉄道部門に勤務されてた清水武さんという方が書かれた「名古屋鉄道における2扉車から3扉車への推移」という記事がありました。それによると長いこと名鉄は2扉の電車を投入していたのですがオイルショックの時期に朝ラッシュの時間帯に捌ききれなくなり遅延が常態化し、その状況下で(東京のラッシュを熟知している)東京駐在の役員が名古屋に戻ったのを機に東急から3扉の中古車を導入すると、事態は改善に向かいます。事実は強し、2扉車投入を主導していたトップも考えを改めて3扉車の新車導入を認め、元東急の中古車の置き換えを含め3扉の新車の投入を推進しはじめます。

ところが。

昭和の終わり頃、既存の2扉の電車の更新時期に差し掛かかっていたときに現場としては当然のように3扉車を導入しようとしたのですが、(内部の叩き上げではない)日銀から来た新しいトップが自説にこだわって「2扉じゃダメか?」とひっくり返していったん2扉車が新たに66両ほど投入されてしまいます。

記事は2扉と3扉がしばらく併存することになった事実を淡々と書かれていて、でも妙に印象に残りました。課題の多い現場の意思が尊重されないもどかしさを読み取ってしまったからです。

その後名鉄は再度3扉車の投入を再開します。2扉車はラッシュには不向きで途中からなるべくラッシュの影響のない運用に回され、平成の終わりにやっと2扉車を駆逐するに至るのですが、仮に現場の意思を尊重して昭和の終わりの段階での2扉車投入を止めていたらもっと早い時期に3扉車に統一出来てたはずで、新名古屋駅のカオスは少しは違ってたのではないかな、と読んだときは思っていたのですが。

いつものように話は素っ飛びます。

政府の感染症対策分科会の尾身会長を筆頭に医療関係の方々が感染状況や医療現場など事実を踏まえて発言しても・意思表示をしても必ずしもそれらが政策等に十分には反映されるとは限らないのを見ていて妙に既視感があってもどかしさがあって、おそらくそれは畑は違うものの上記の名鉄の事例を読んだからかもしれません。「課題の多い現場にとって最適なもの」=「全体にとって常に最適」とはいえませんが、「課題の多い現場の意思が尊重されない」というのは確実に悪手になるのでは?と思えます。もちろん分野が違うのでシロウト考えなので、悪手という予想は外れてほしいです。でも、なんだろ、悪い予想ほど当たってしまいそうな気が。