私は文学部卒でもなければ文学者でもありません。なので素養もありません。その上たくさん本を読んでいるわけでもありません。ですから読書とかそこらへんのことに関してえらそうな口は叩けません。ただ高校の時からずっと引っかかってるのが開高健作品です。晩年の開高さんは茅ケ崎に住んでいて、その住居跡が市立の記念館になっていて、なんどか訪問しています。生誕90年に付随して来年3月28日まで「開高健の世界2020展」をやっていて今日の午後も訪問していました。
展示内容はおおまかに書けばデビューから死去までの発表された各作品を関連する品物とともに紹介しています。例を挙げれば「ベトナム戦記」と一緒にベトナム語で「ワレワレは日本人デス」「タスケテ頂戴」と書いてある日章旗やヘルメットや米軍の従軍許可証が展示されててたりします。いっぺんでも読んだことのある人間にはだいたい既知のことばかりですが、執筆のきっかけとなった事項に触れられていて、たとえば「パニック」に関しては当時の新聞などのコピーも添えられてて作品を未読でも理解できるようになっています。マニア向けというより多くの人に幅広く知ってもらいたいという姿勢に好感が持てました。
文学作品だけでなく勤務先であった寿屋(いまのサントリー)のウイスキーの広告そのものや、(サントリーウイスキーを置いているバーに優先的にノベルティの代替として配布していた)編集に関わった酒にまつわる随筆等が掲載されていた洋酒天国も展示されていました。存在は知っていても洋酒天国の冊子の実物を見るのは実は初めてで、バカにされそうなことを書くとまず「ほんとにあったんだ」という感想しかでてきませんでした。想像していたよりも薄くて小さかったものの、広告制作や作品の執筆と同時並行して編集作業にあたってたわけで開高さんは当時20代であることを考えると月並みなことばなのですが「非凡な人だったのだなあ」と思えます。
「夏の闇」に付随して原稿用紙大の紙に書かれたメモも展示されてありました。すべてがきちんと箇条書きにされてるわけではなく、おそらくベトナムで遭遇したことなどを思い起こしながらある部分は横書きで箇条書きに、それ以外にもランダムにいろいろ書かれてる・書き込まれてるメモです。創作の現場というか小説がどう書かれるかなんて知る由もありませんから興味深かったのでついまじまじと読み耽ってしまったのですが、書かれてる内容のうち文字の上に横線が引いてある部分とそうでない部分があって、メモを基に執筆していたのかもな、と推測してます。もちろん正解は開高さんしか知りません。整理して書かれたとは思えないメモもあってたとえば
男は1人でいるとおばけになる こころをかたちにすると
なんて書きこまれてました。似たような語句をどこかで読んだ記憶があるのですが、ちょっとあいまいです。これだけだとよくはわからないのですが、(地に足がつかないようなことを考えてたり疲労時に一人でいると恨みつらみに引きずられたりするので)そういうところあるかもしれないとは思えましたって、もしかしたら私はおばけなのかもしれませんが。ってそんなことはともかく、この創作に関するメモと洋酒天国が今回いちばん出会えてよかったものです。
他にも「生物としての静物」に出てくる辞書である言海が置いてあってぼろぼろでかなり読み込まれてる形跡があって言葉を扱うわけですから当たり前なのかもしれませんが、ちょっと唸らされています。もしかしたら独特のあの文体は言葉に対する絶え間ない探求に裏打ちされたものなのかも。
活字になってるもの以外の情報を脳内に入れることは作品を読むうえで必要なことではありませんが、見学しに行ってよかったというか、度数の高いアルコールを呑んだような感覚になりながら満足感を味わえました。
以下、ほんとくだらないことを書きます
記念館の前はラチエン通りといい、その先にエボシ岩というのがあります。このラチエン通りを歩くと、写真にしてしまうとわけわかめなのですがときどきエボシ岩がバカでかくみえることがあって、今日がその日でした。
でも海岸まで出ちまうとちっちゃい。1人だったのでおばけになってて別のおばけを呼び寄せてしまいそのおばけに錯覚を見せられたのかもしれませんが。