昔読んだSFのこと

栗本薫さんの短編に「黴」というのがあって(「時の石」所収・角川文庫)、どこにでもあるような(というと語弊があるのだけど)可視のカビが異常な速度で繁殖し人は制御できず、社会を包囲してゆきます。耐えられるか耐えられないかを含めて読む方の想像力がけっこう試されるのですが、いくらか精緻な描写で物語が進みますって詳細は実際に読んでいただくとして。読んだのは十代の頃で古本屋の店先の投げ売りの箱の中で見つけてます。そういや投げ売りの箱のある古本屋も無くなっちゃったなあという懐古に浸りたいわけではなくて。

不要不急の電話をしているときに「あったらテピカジェル(という除菌剤)を買っておけ」と助言はうけていて、ここ数日探してはいるのですが案の定、手に入りません。ただ66%の瓶詰アルコールを売ってはいて、瓶を眺めながらああそういえば(いくらかネタバレになるので恐縮ですが)アルコール消毒をしてたゆえにカビに包囲された世の中でも生きられた話があったなと全然関係ない栗本さんの短編を思い出したのでした。

社会を包囲する人が制御出来ない新型コロナの報道を眺めてて妙に既視感があったのは不可視のウイルスと可視のカビの差はありますが栗本さんの「黴」を読んでいたせいかと妙に腑に落ちてます。腑に落ちたところでフィクションだったらよかったのにな、という毒にも薬にもカビ落としにもならない感想しかないのですが。

ただフィクションとして経験しておいたことで既視感を得たわけで、いくらか大げさなことを書くとなんだかフィクションの効能をちょっとだけ思い知った気が。