「ちはやぶる」

百人一首を覚えなさい、覚えないと追試を繰り返す、というのが学生時代にあって、必死で百人一首を覚えた経験があって、なのでよくわからない歌を含めて選んだ藤原定家に対しての殺意というか恨み辛みを何度か書いてる記憶があります。

秋のものには「ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは」って有名なのがありますが、クヌギとかコナラとかケヤキが主体の武蔵野の雑木林の中で育った風流を解さないむくつけき東男にはわけわかめで、そもそも川面一面に紅葉が敷き詰められてる光景なんぞみたことありませんし、そもそも川面一面に敷き詰められるほどのカエデ類が密集していること自体が想像できなかったりします。それこそ花魁の「ちはや」にふられ妹の「かみよ」にも聞く耳を持ってもらえなかった竜田川関が後年豆腐屋を開き、そこに乞食がやってきて「おからをくれ」というのだけどその乞食は実はふった「ちはや」であることに気づき断り、悲嘆にくれ入水自殺してしまう(≒水くくる)ちはやは本名は「とわ」だった、という落語の解釈がよほど理解でき、なのでそれで覚えてて、いまでも「ちはやぶる」の歌はおからと関連付けて記憶していますって、ここのところ匿名を奇貨として書けば書くほどおのれの程度の低さを書いちまってる気が。

いわゆる関東平野は11月半ばくらいから春にかけていくらか強めの北西の風が吹きます。それを地域によってはからっ風とかナレとかベットウ風といい、その北西の風によって武蔵野の晩秋はクヌギやコナラやケヤキの葉が落ちて風に吹かれて散らばってゆきます。なおカエデ類があるのは人為的に作った公園や庭園くらいで、もちろん北西の風に吹かれて散りはしますがそれらに風情を感じたかと云ったら一度もありません。大人になって冬の奈良へ行ったときにそれほど風がないことに気が付いて、奈良の元興寺のあたりでそのことを奈良の地元の方に述べたら帰ってきた答えが「盆地やから」。そのかわりしんしんと冷えますよ、とも補足があったのですが、いわれてみれば生駒山地笠置山地、それに吉野の山々に囲まれてますから強い風も吹かぬはずです。妙に腑に落ちて、「ちはやぶる」のことを思い出し、風媒花であるカエデ類は当然遠くには行かず特定の地域に密生して生えてもおかしくありませんし、大量の色づいたカエデの落葉が錦のように三室の山だとか手向山にそのままあってもおかしくないだろうな、と思うようになっています。もちろん現実に確認しに行ったわけではありませんしその余裕もないので、想像の域を出ないのですが。

藤原定家への殺意というか恨み辛みは消えてはいません。が、それほど晩秋も関東のような強い風の吹かぬところの紅葉には風情があるのだろうな、くらいのことは想像できる程度に「ちはやぶる」の歌にまつわる思考のおかげで大人になっています、っててめえのことはともかく。

今日は茅ケ崎へ行ってました。はてな今週のお題が「紅葉」なのですが、

24日曇天の茅ケ崎は、見ごろとはちょっと云いにくい、です。現場からは以上です。