音声付き再生

ちょっとだけくだらないことを書きます(いつもくだらないことばかり書いてる気がしますが)。

最近ここでは半年くらい「青ブタ(=青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない)」のことをさんざん書いているのですが、青ブタの場合は映像を視聴してから原作を読みました。これがなかなか私にとっては不思議な経験で、たとえば登場人物の「今は、セシウム133の原子の基底状態の超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の九十一億九千二百六十三万千七百七十倍に等しい時間が一秒だよ」とか「いっちょんわからん」というようなセリフが担当した声優の音声で脳内で再生されてました。会話以外の部分は無音です。正直こんなこと、はじめてでした。

先日書いた犀川先生が出てくる森博嗣さんのミステリである「すべてがFになる」はいまから十数年前に読み、5年くらい前にドラマになっています。原作本が先で音声付き映像があとです。犀川先生は比較的個性的で、しかし犀川先生の出てくる「すべF」を読んだときは確実に青ブタのように誰かの音声で再生して読んではいません。というか「すべF」に限らず、(それが一人称で書かれているものであっても)本を読むときにいつも特定の音声が脳内に再生されることはありません。

なんだろ、人の生理として本を読むときに本来は、脳内で音声が再生されるものなのか・脳内で音声が再生されないのがものなのか、詳しくは知らないものの、音声付き映像を先に見たことに由来するであろう我が身に起きたことが、ちょっと興味深かったり。